▼ 無口な男がモテる時
無口な男が笑う時続編/迫視点
俺は渉がホモだという誤解を解いた。ホモにはなっていないが男を好きになったのが寧ろ俺の方で、少しだけというか結構気まずい。クラスメイトがバツの悪そうな顔をして、渉に謝った。
渉は少しだけ困惑したような顔をして俺を見た。周りの奴らは気づいていない。俺だけが、気づいている渉の変化。気分が良い。渉は一人ひとりの謝罪に小さく頷く。気にしていないようだということが分かり、クラスメイトはほっとしていた。そして掌を返したように態度を変えた。そのことに腹が立ったが、俺も人のことを言えるような立場じゃないので、仕方なくそれを見ていた。
とにかくこれで、気にすることはなくなった。堂々と渉と仲良くできる。そう思っていたが。
「あの菊置いたの、誰だ?」
クラスメイトがぎくりとする。許してもらったはずなのに、という怯えと戸惑いの表情。奴は菊を置いたことを怒っているわけじゃない。俺は何だか嫌な予感がして渉を止めようとした。しかしそれより先に、一人が小さく手を挙げる。柳。一言で言うとチャラい奴だ。
「お、俺…。あの、守屋、ほんと、ごめ――」
「あれ、どっかで買ってきた花か?」
守屋が柳の言葉を遮って、質問する。
「へっ? あ、いや…うち、結構花とか育ててて、あれも…」
「へえ」
ああ。俺は頭を抱えた。渉が、笑ったのだ。
教室が静まり返る。皆、渉の顔に見惚れていた。あの笑顔はやばい。こいつの笑った顔はすげー可愛いんだぞっていろんな奴に自慢したい。だけど、それは……、俺だけ独占したくもあった。花屋は仕方ないとして、せめて、学校の奴らには見せたくなかったのに。
「渉」
「ん?」
渉は黙ったクラスメイトを不思議そうに見た後、俺の方を向いた。俺は廊下を指差した。
「ちょっと来い」
「なんだ?」
「なんだじゃねえよ」
「どうして怒ってるのか、分からない」
渉はぱちぱちと瞬きをする。その動作すらも可愛く見えて、重症だなと思った。
俺以外の奴に笑いかけないでほしい。そう言ったら、どう思うだろうか。嫉妬する醜い男だと思うだろうか。
「…修二?」
どきりとした。奴から呼ばれると、自分の名前が特別なもののように感じる。そうだ、渉が名前を呼ぶのは、俺だけだ。渉の名を呼ぶのも、学校では俺だけ。優越感に浸って、自分がどうしようもなく器の小さい男だと思った。
「…渉、今日、家行っていいか」
「? ああ、いいけど」
それを言いにわざわざ廊下へ出たのかと思ってそうな顔だった。キスしてえなと思いながら、俺はそれを見つめた。
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