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(王道+不良×平凡)


















 あー…空に呑気に浮いているあの雲になりたい。って、いきなり思うわけだが、別に馬鹿げたことを言っているわけではない。一万人――、否、三百人の中の誰か一人でもいい。今の俺の気持ちをコイツに代弁してくれ、っていうか寧ろ、コイツの息の根を止めてくれ、頼むから!

「なあなあ、聞いてんのか! 工事!」

 ていうか俺の名前は工事ではない! 何だよそれ、某芸人かよ! 言っておくけど、こうじ自体間違ってるから。俺の名前は孝太だから!

「聞いて」
「駄目だろ! 人の話聞かないとか最低だ!」

 うざい、何なの、この未確認生物。聞いて、しか言ってないだろう。結局、俺は聞いてないと言おうとしたわけだけど、それとこれとは話が別なわけであって! お前も人の話を聞いてないし、人の名前を間違えるのは、最低じゃないのかYO! おっと、興奮のあまり、語尾が可笑しくなってしまった。
 実は、この目の前の未確認生物、一昨日俺の通う学校に来たばかりの所謂転入生であった。今日は、身なりに気を使うばかりの世の中だというのに、清潔感のあったものじゃない、黒くてモジャモジャの髪をしている。しかも、眼鏡は時代錯誤な瓶底眼鏡だ。絶対、あれ景色ちゃんと見えてない、絶対。そして、予想するに、髪に脂乗ってるんじゃないか。
 絶対に関わりたくない! と思っていたが、神は俺を見放したようだった。…ま、神とか信じてないんだけど…。

「てめぇ、さっきから黙って聞いてりゃ、舞のこと無視しやがって!」

  未確認生物――木下舞に番犬のように、ベッタリしているこいつは、一匹狼で有名な不良だ。名前は興味ないから知らん。不良といっても、今ではすっかり躾のなっていない犬に成り下がってるんだけど。っていうか、さっきから聞いてたんなら分かるよね? 俺さっき、発言しようとしたんですが! それを、あなたの大好きな木下に遮られたんですが!

「やめろよ、弘太!」
「っち……」

 え?
 俺は目を瞬かせた。今俺の名前ちゃんと呼んだ? いや、でも、やめろって、この不良に言ってるし…。――つ、つまり……。俺は嫌な予感に青褪めた。同じ名前かーい!
 じゃあ何か。平凡な俺の名前は間違えるほどどうでもいいけど、美形のこいつには、名前を覚える価値があると。ふざけるな。つーか、なんだよ舞って。女みたいな名前しやがって!

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