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「おい、飯」

 足に激痛が走り、俺は瞠目した。いつの間にか眠っていた俺の足に、蹴りを入れたらしい男が不機嫌な顔で俺を見下ろしている。飯を作れと言っているようだ。その言葉に意味が分からない、と力いっぱい睨む。

「何、お前は世話係じゃないのか。お前が作れよ」
「どうして俺がそんなことをしなければならない」
「……。ああ、いいさ、作ってやるよ。但し、味の文句は無しだ」
「却下。お前の飯が美味い訳がないからな」
「……そうだな、確かに美味しくない」

 別に俺は料理人を目指しているわけじゃない。だからそんなに味に拘っていないから、こんな男には犬の餌のように感じる程かもしれない。俺が素っ気無い態度でいると、男は意外そうに片眉をくい、と上げる。「何だ、つまらない反応だな」

「泣き喚いて欲しかったのか? 残念だったな」

 男を一瞥すると背を向けて、台所へ向かった。男は付いて来る気配もなかったし、何も言う様子がなかった。べ、と舌を一度出してから小さく笑みを浮かべる。





 ――カチャリ。フォークが皿に当たる音が小さく鳴る。男は何も言わない。先程は文句言う気満々だった奴がだ。一口含んだ後目をちょっとだけ開いて、それからは無表情、そして無言で只管食べている。俺はそれを気味悪く思いながら、できるだけ視界に入れないようと下を向く。
 一人で食べ慣れてはいるけど、自分の作ったものを無表情で食べられてモヤモヤとしない訳がない。まあこの男の場合、顔を顰めて不味そうに食べるだろうと思っていたからそこらへんは意外だったけれど。
 男が最後の一口を口に含んだ。そしてフォークを置いたのを見て、俺は自分の分の皿を重ねて持ち、立ち上がる。そんな俺をじっと睨む視線を感じたが、無視してさっさと台所へ片しに行った。











「ハロー、準」
「はいはい、おはよう、宮司」
「何だ、今日はいつにもまして顔が悲惨なことになっているぜ」

 学校へ着くと、宮司が手をヒラヒラさせて俺を迎えた。俺の顔を見るなり眉を顰める。あの男も不良だけど、宮司も不良だ。髪は俺とお揃いで赤いし、ピアスやアクセサリーはあの男といい勝負ならくらいジャラジャラとつけている。中学の時は凄く荒れていたが今は普通に高校生らしく生活している。そんな宮司と俺は幼馴染という縁で、唯一の親友だ。

「元々悲惨な顔で悪かったな」
「怒るなって。俺は準の顔好きだよ」
「物好きめ」
「お互い様だ」

 くすりと笑って肩を竦めた宮司の後ろの席に腰を下ろした。…まったくこんな雀卵斑だらけの顔を好きなんて、本当物好きだと思う。こいつはお世辞を言うような奴ではないからな、今の言葉は嘘ではないのだ。
 俺は昨日の出来事――悩みの種を思い出して溜息を吐く。あの男、世話係だとか言って、何もしやしない。邪魔をするためにいるようなものだ(というか俺が世話しているよな)。いや、寧ろそれが狙いなのかもしれない。

「どうしたよ」

 笑みを浮かべていた不良の顔は、真面目顔にチェンジされ、俺の顔を覗き込む。

「ウェーズリーさ。またあいつが嫌がらせを」
「またかよ、おい、俺があいつをシメてやろうか」
「暴力的なものは好きじゃない。それに、――ウェーズリーに惚れてる用心棒がいるから無理だろうよ」
「そんな奴いたか。変な趣味だな」
「まったくだよ」

 うげえ、と心底嫌そうな顔をして俺と同じ台詞を吐いた宮司に顔を弛める。そんな俺に不思議そうな顔をした宮司も、困ったように笑った。

「まあ、俺は何があってもお前の味方だから。何でも相談しろよ、ハニー」
「勿論だ、頼りにしているよ、ダーリン」

 こつんと一回額を合わせて離すと、リングを幾つも填めているゴツゴツと男らしい手が頭に乗った。そのまま髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられる。元々天然で癖がある髪がもっと乱れた。しかし俺は宮司に撫でられるのが好きだ。そのまま目を閉じると次第にうとうとと気持ちよくなる。

「お前は誰にも傷つかせたりしない…準」

 意識が闇に落ちる瞬間にぼそりと呟かれた言葉。俺だって、俺だってお前を傷つかせたくないさ。

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