捕らわれた鶏と捕らえた狼

ホスト×モヒカン







(noside)


















 ごくりと喉を鳴らしたのは、一際奇抜な姿をしている男だった。彼の名は樋口秀哉。今時不良でも余り見かけない鶏冠のような赤紫のグラデーションがかかった髪型は言わずもがな人目を引き、街中でもどこでも視線を独占した。その髪型に見合う、有るか無いか遠目で確認できないほどの細く短い眉。眉間に深く刻まれた皺。切れ長三白眼。肉食獣を思わせる鋭く尖った八重歯。顔のパーツそれぞれが、樋口の存在を際立たせている。唯一一般人を思わせるのは、耳に穴が一つも存在しないというところだろうか。
 うららかなる小春日和の中、中原高等学校の一室――一年四組の教室の空気は、二つに分かれていた。或る生徒は顔を青くし、或る生徒はけらけらと笑い、或る生徒は真剣に一点を見つめている。空気の境界線は、一般生徒と不良。先程喉を鳴らした樋口と、彼と向き合う狐を連想させる顔つきの男を取り囲む不良らは真剣な二人と違って、楽しげに笑っていた。彼らの手にはトランプ。モヒカンが二枚、金髪が一枚。察するに、ババ抜きというメジャーな遊びをしているようだ。睨み合う中、金髪が指を伸ばす。すっと引いたカードを見た途端、一人は絶望、もう一人は笑顔を浮かべた。

「はァい、樋口の負けー!」

 金髪が、トランプを二枚机に叩きつけてにんまりと笑う。狐のような狡猾さを含む笑みは、大変似合っていた。彼に対し、樋口は顔を青くして立ち上がる。

「ま、待ちやがれ!」

 慌てる樋口に呆れた視線が注がれた。

「あぁん? 負けを認めないなんてみっともねぇぞ、サヤちゃん?」
「サヤちゃん言うんじゃねえ!」

 樋口が負けたくない理由は、負けず嫌いに因るものではない。樋口が負けず嫌いであることは間違いないのだが、今回どうしても負けたくなかった理由は、この遊びの敗者を待ち受けている罰ゲームの存在に有った。

「敗者である運のない樋口クンに言い渡す! 今回の罰ゲームは――」

















 男一人でホストクラブに入店する。
 下された罰ゲームの内容は、ゲームという枠を抜けていると言っても良いような、難易度の高いものだった。樋口はぐううと唸るが、ニヤニヤと腹の立つ笑みを向けてくる友人たちは、発言を撤回するつもりは到底ないようだ。嫌だと言いたいところだが、更に過酷な罰ゲームにグレードアップする可能性を考えたら、樋口はどこかの国の王様ように高いプライドをへし折ることしかできない。嫌がる顔を見るのが好きな友人たちに心の中でクソッタレと唾を吐いた。
 樋口は目立つことが好きだ。彼の自慢のモヒカンにも表れている。しかし、だからと言ってこんな屈辱的な目立ち方はしたくなかった。ネオンで照らされる妖しげな空気を纏う夜の街。樋口は誰もが自分を見てコソコソと笑っているような錯覚を起こした。逃げ出したい衝動を何とか押さえ込み、自分を見張っている金髪他数名をチラリと見る。羞恥を我慢し、一時的な屈辱を味わうことと、これからも付き合っていくであろう彼らに情けない姿を晒してしまうことの、どちらが何倍も増しか、考えなくとも答えは出ている。金髪がにんまりと嫌らしい笑みを浮かべ、追い遣るように手を振った。樋口は金髪をギッと恐ろしい顔で睨みつけて、大股でホストクラブに入った。ただ入ればいいだけだ。なに、このような店は初めてではない。もっとも、そこはちゃんと女がいる場所だが。

「いらっしゃ――っ!?」

 受付の男が幽霊でも見たかのような、ぎょっとした顔で樋口を見る。樋口は、そんな男を射殺しそうな目で睨む。受付は途端に真っ青になって、石のように固まった。蛇に睨まれた蛙という表現が適切なこの状況で、男は恐る恐る御指名は、と訊ねてきた。今度は樋口がぎょっとする番だ。まさか自分が客として来たと思っているのだろうか、この男は。

[ prev / next ]



[back]