「好きやねん」 「うぅぅ…」 耳元で呟くと、みるみるうちに頬を染めて茹ダコ状態になり、大きな両目をきょろきょろさせて困ったように眉を寄せる。 けれども、本当に困っているわけではなく、ただ単に照れているだけだとわかっているので、腕の中から逃れようと身をよじる小柄な体を、悪いけど放してはやらない。 強い力でがっしりホールドしているからか、解けないと悟った強張った体からは緊張していることが察せられる。 でも、今日は決める日だ。 顔を真っ赤にしてしどろもどろになる姿はたまらなく可愛いが、同時に可哀想だからと解放していた昨日とはもうおさらば。 相手の気持ちはわかってるから、もうそろそろ次のステップへ行きたいのだ。 「俺のこと、好きになって?」 逃げようとする瞳を正面に捉え、色素の薄いまん丸な黒目に映る自分の顔をまじまじとみつめる。 彼の目にはどのように見えているのだろうか? 感情を隠すかのような壁 ― 眼鏡はもういらない。 真っ正直な気持ちをぶつけて、彼の本心を知りたい。言葉にして欲しい。頷いて欲しい。 「お、したり……あの、うっ…と、その」 唇が触れるまであと数センチ。 華奢な彼が緊張で硬直するほど顔を寄せて想いを告げると、泳がせていた視線をこれ以上動かせなくなったのか。 抱きしめている男を見つめ返し、一秒、三秒、五秒… 「大切にする。お前だけやねん」 「あ…」 いつも寝ているが覚醒時はこのうえなく元気いっぱい、ヤンチャな氷帝のムードメーカー。 アッチ方面はお子様かと思いきやそうでもなく、女の子たちにキャーキャーいわれ、差し出されるポッキーやお菓子を彼女らの手から直接『はい、あ〜ん』でもらうことも厭わない。 そういうところは照れもしないし、クラスメートの可愛い女子高生に抱きつくことも平気でする。 ただ。 『ジローはホンマ、明るくてええなぁ』 ―お前の笑顔は心が洗われる。 中等部の合宿中に、ふと何気なしにかけた言葉。 途端、『なに言ってんの』と言いつつ、頬を染めて目をきょろきょろさせた。 後に彼の照れたときの仕草だと知り、なんだか可愛く思えてしまったのが切欠か? 高等部に進学し、同じクラスになってから全てが変わっていったように思う。 『宍戸とクラスはなれちゃった…』 当初は悲しい〜と毎度言っていたけれど、すぐさまそれまでの『宍戸〜!』は『オシタリ〜!』にかわった。 『あ』くたがわと『お』したりで、出席番号も連番なら席も前後。 期の変わり目に行った席替えでは、離れると思いきや窓際の一番後ろとその隣になり、『これは運命だ』と二人して笑ったものだ。 ともに過ごす時間を重ねるに連れて、近づく距離と変化していく互いの気持ち。 じっと見守っていた日の中で、ふと彼のベクトルがこちらを見出したことに気づいたら、そこからは早かった。 『ジロー、ここにおったん?』 『やっと起きたか。ほな、帰ろか』 『やっぱトマトあかん?しゃーないな。こっちよこし』 何気ないいつもの会話だけど、気づいてからは広がる景色が違って見えた。 彼も彼で、中々起きなかった寝太郎は、触れると飛び起きるくらい意識してくれるようになった。 女の子相手には天然のプレイボーイぶりを炸裂させているけれど、それが隣の伊達眼鏡君の前では一変。 そう、その姿は恋する乙女のように。 「俺のモンになって」 絶対、同じ気持ちのはずだ。 確信めいた……いや、120%の自信だ。 外した眼鏡をポケットに入れて腕の中の慈郎から目を逸らさず、逃げないでくれと訴えかける。 やがて諦めたのか、それとも受け入れる気持ちが出来上がったのか。 すうっと深呼吸し、思わず見蕩れる柔らかい笑みを可愛らしい顔に浮かべて、抱きしめる彼を見上げてきた。 「…よろしくお願いしマス」 心を決めても照れくささは変わらないのか、小さい小さい、聞き逃してしまいそうなか細い声で呟かれた言葉。 細心の注意を払い耳を澄ましていたため、バッチリと耳に届いたOKの合図に腕にさらに力が入ってしまい、『いたい〜』なんてぶーぶーいわれ、慌てて弱めるけれど、放しはしない。 「えへへ、オレも大好き」 言っちゃったC〜! 顔を真っ赤にしながら、照れ隠しのようにキャッキャ騒ぐ姿が、可愛くてしょうがない。 「アカン、嬉しすぎてどないしよ…」 「う?」 ふわふわした天使が、ようやく腕の中に落ち着いてくれた。 食べちゃいたいくらい可愛い笑顔で『侑ちゃん、よろしくお願いします』なんて微笑まれて。 家族に呼ばれる『侑ちゃん』は本当に勘弁してくれと苦虫噛み潰したような渋い顔になるが、相手が愛しい人ならこうも違うものなのか。 さて、とりあえずは両想いの二人が気持ちを確かめあったということにして。 彼の周辺、果ては他校(神奈川)までにも及ぶ過保護な連中に、どうやって報告するべきか。 ボッコボコにされることは覚悟の上で、まずは一番身近にして最大の難関を攻略したほうがいいのかもしれない。 ひとまず慈郎を部室に残して、生徒会室に行くとするか。 >>総括へ >>目次 |