それは甘い未来



晴れ渡った外は雲ひとつない快晴で、こんな日はお出かけでもして外の空気を思いっきり吸いたい、そんな秋空が広がる夕暮れどき。
けれども部屋のベッドで眠る御仁は、そんなお天気にもお構いなし。
むしろ、暖かいいいお天気だから、ふわふわのお布団で心行くまで夢の世界に身を預けたい。
そんなことを思いながら、うつらうつら寝ぼけ眼でベッドにたどり着き、バタンと倒れこんではや数時間。


「…まぁだ寝てるんか」

「ん…」


頭までかぶっている布団を少しずらし、数時間ぶりのご対面。
くりくりまんまる、黒曜石のように光り輝く双眸は閉じられたまま。
額にかかるふわふわの金糸をどけてやると、見慣れた可愛い顔が見えてきたので、そのままおでこ、頬、口元、と一つずつ触れるだけのキスを降らせると、くすぐったいのか眉を寄せた。


「ほら、起きぃ」

「…」

「朝ご飯たべてからずーっと夢ん中やで。そろそろ俺の相手もしてくれんと」

「…」


朝食といっても正午になる前、いわゆるブランチとして軽めにすませた食事だ。
マンション一階のブーランジェリーで焼きたてのバケットにパストラミサンドイッチとフルーツサラダ、グリーンスムージーをテイクアウト。
馴染みの店長がこっそりとくれる作りたてのバターを持って帰ると、同居人は満面の笑顔で喜んでくれるので、甘いマスクを最大限利用し毎度レジで奥さんにおねだりするのも忘れない。


『おいし〜!!』


エスプレッソマシンで淹れたカフェとスチームミルク、少しのハチミツをたらしたハニーミルクラテ。
蜂蜜色の髪と甘い顔立ち、柔らかな笑顔。
大きなカフェオレボウルを両手でささえ、ゆっくりとこくこく飲んでいる彼を見て、ピッタリな飲み物だなと見るたびに微笑ましく思う。

やがてお腹いっぱいだとフラフラ歩いてソファに沈んだので、その間に後片付けをして、郵便局、銀行…と所用で部屋を抜けしばらくして戻ってきたのだが、その頃にはもうベッドでごろんと横になっていた。


「なぁ、遊んでや」

「ん…っ…」


薄っすら開いた桜色の唇をぷにぷにつついて反応を見るも、キスで起きないのだから同じことか。
それならば。


「じゃ、いただきます」

「ん…あっ…」


寝込みを襲う?
いやいや、何を言ってるんですか。

これは、愛の営みです。


あわせた唇から、ふわっとミルクのような、甘い香りがした。
そのまま侵入し、細胞の一つ一つにまで刺激を与えるかのように、くまなく口内を蹂躙……いやいや、言葉が悪い。
これは、愛しいからこその行為なのだからして。


「ん…っ」

(これでも起きんなぁ。なら―)


肌蹴たタンクトップから除く桃色が愛らしい。
裾をたくしあげて露になった胸をゆっくり撫で、やわやわと先端を強弱つけながらリズミカルに弄り続けると、徐々にかたさを増してツンとたつ二つの突起を愛しげに見つめる。
思う存分味わった唇からはなれ、下に移動して胸元を飾る突起に舐るようにゆっくりと舌を這わせ、時折歯をたてて吸い付くと、夢の中の彼も多少身じろいで甘い息をこぼす。


「あ…っ…んん」


多分、無意識なのだろうが、頭上でそんな甘い声を出されたら ―出させているは自分なのだが― もっと応えようという気になるじゃないか。


「な…に…?」


もうしばらくは起きないなと思っていたら予想外に早く、夢の中から引っ張り出すことに成功したらしい。
ぽかんと口をあけて、胸元を……正確には、乳首を入念にいじくりまわしている恋人を、ぼんやりした目で見つめ続けること5秒、10秒、そして15秒。


「なに、してんの…」

「んー?」

「ばか…真昼間なのに」

「何言うとん。もう夕方やで?」

「……え?」


『夕方』の一言に、ぼんやりしていた起き抜けの思考が一気にクリアになったのか、急に飛び起きて枕元のコーヒーテーブルの目覚まし時計を掴み、時刻を確かめだした。


「わっ!もう、17時だC!!」

「せやから、夕方やって」

「わーわー、どうしよう」

「?どないしてん」

「今日が終わっちゃうよー!」


胸元から引っぺがされそうになったため、そうはいくかと起き上がった上半身を再びベッドに押し倒した。


「どいてよー、重いし〜。もう起きるー」

「何か用事でもあるん?」

「用事っていうか」

「急ぎちゃうなら、もうちょおじっとしてや」

「えー?」


頭を囲むかのように両サイドに腕をついて、上から覗き込むと困ったように唇をぎゅっと寄せて、ふりふり首をふってNOといわれ、なにくそ!と首筋に顔をうずめ、鎖骨の少し上を甘噛みした。


「やっ…こら、ダメだって」

「……」

「んんっ…おした…っ」

「…ちゃんと名前、呼んでや」


普段は苗字呼びを崩さず、同居しだしても変わらずの『忍足』
たまに、ごく稀に。
夜のそういうシーンで、ベッドのうえでひたすら愛し合い、ぼーっと何もわからないくらい快感に溺れた彼に、耳元でお願いすると、ようやく言ってくれる。
舌ったらずな甘えた声で『侑士』と呼ばれると、じーんとして幸せな気持ちになるものだ。


「夜、まで…待っ―」

「待てへん」

「ちょっ…だめ…っ」

「―何で?」


いつもならなし崩しに行為が始まり、拒むことなくなすがまま。
やがてとろとろに溶けていくぐらい交じり合い、可愛い声で鳴いてくれるのに。
こんなふうに『だめ』ときっぱり言葉にすることはない。


―が、続いた台詞が予想外で、かけていた伊達眼鏡がするっとずり落ちた。


「今日は外でデートするんだよ?レストラン予約しちゃったし」

「―は?」


首筋に埋めている頭をがっちりホールドされてどかされる。
そのままパっと起き上がり、『忍足も準備して!』と言い放ち、ベッドから飛び降りてパタパタと走り去る音と、しばらくして聞こえてきたのはシャワーの水音。

突然の出来事にポカンとしていると、ガチャと開く扉の音とともに中から聞こえてきた叫び声。


『予約18時半だから、そっちも急げよー!』


(どこに行くねん)



まぁ、よくわからないがどこぞに予約したというのなら合わせよう。
ついでにシャワーも浴びるとするか。


カラスの行水なみに超高速でシャワーを浴びて出てきた慈郎と入れ違いに、シャワールームへ入り簡単に洗い流す。
タオルをまいて部屋へ戻ると、いつのまに用意していたのかベッドのうえには割りとフォーマルな着替えが置かれていた。


「お酒飲むかもだから、車は置いてこ?」

「どこいくん?」

「いいから!あ〜もう、時間無いよ〜」


言われるがままピシっとのりのきいたシャツに袖を通し、ネクタイをしめてジャケットも羽織る。
対する慈郎も同じくスーツ姿だが、あちらはもう少しカジュアル、というか可愛らしい格好だ。


急かされるままマンションを出て、タクシーを広い走ること20分。
到着したお店は二人の親友が経営する、創作イタリアンの人気店だ。
ここ数年は特に『予約のとれない店』として大繁盛しているようだが、だいぶ前から申し込んでいたらしく案内されたテーブルは奥の個室で、雰囲気のいいテーブルだった。

―8人掛けの。


「誰かくるん?」

「うん。久々に皆呼んでみた」

「みんな?」

「えへへ、お祝いだもん」


(デートちゃうやん……って、お祝い?
何や、なんかめでたいことでもあったん?)


誰か結婚でもしたのか。
社会人でもあるわけだし、いや、それにしても結婚はまだ早いか。
それとも、昇進?
いやいや、それこそまだ早いか。なんせ社会人になってまだ数年。
飛び級で出世していった跡部景吾のような規格外もいるけれど。


「おー、もう来てたか」

「宍戸〜久しぶりー!」

「よ。元気してたか」

「岳人もきたんか」


肩を並べて登場した二人の学友に、残りのメンバーも察せられるというもの。
何の日だ?
今日は、10月15日。


…ん?
10月15日??


「侑士、一応おめでとーと言っとくぜ」

「しっかし相変わらず一緒だな、お前とジロー」


宍戸の台詞に、ぽっと顔を赤らめて照れる慈郎を撫でつつ、何となくわかった今日の趣旨。
続いてキノコ頭の後輩を筆頭に残りのメンバーも集まりだし、最後に登場するのはこの店のオーナー兼青年実業家として修行中の王様。
真っ赤なバラを26本持ってくるところがどこかズレていたけれど。
しかもそれをお祝いされる当人ではなく、その恋人に渡すところも、なんだか…



「しっかし全員揃うの、卒業以来ちゃうん?」

「跡部、ロスだって言ってたけど、来てくれたんだC」

「…さよか」


十中八九、慈郎に直接誘われたからだな、とピンときた。
この王様は自分たちの仲を認めているような、反対しているような。
今のところは『慈郎が幸せならそれでよし』というスタンスでいてくれているが、泣かしたら最後。
ファーストクラスかチャーター機を用意して、遠くアメリカの空へと連れ去ってしまうだろう。

王様の前では慎重に、宝物を扱うかのように慈郎に優しくしないといけない。

…いや、普段も相当優しく甘やかしているけれど。


やがて全員が揃い、王様のパチンひとつでよく冷えたシャンパンが運ばれてきた。
フルートグラスにそそがれた、ほんのりゴールド色の中身に気泡が立っている。


―乾杯


おめでとうの会はいつのまに『久々の再会に』になっていた。
『忍足、おめでとー!』で乾杯のはずが、卒業以来の再会に乾杯!になっていることに慈郎はハテナマークを浮かべたが、隣の忍足は『まぁ、ええやん』と感謝をこめて金糸を撫でた。


お誕生日のお祝いは、今夜たっぷり、マンションに戻ってからしてもらいますよってな。


数時間後に想いを馳せて、眼鏡の奥でニヤり笑みを浮かべれば、向かいのキングに怪訝な顔をされ、その隣の向日にボカっと殴られた。





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