ランニングシューズ新調のためミツマルスポーツへ寄ろうか考えていたら、クラスメートの陸上部員に『ナ○キの新作が良かった』とおすすめされたので、どうせなら少し遠出しようと原宿のナイ○ショップへ商品チェックしに行ってみることにした。 店内は場所柄もあってか各国の観光客で混雑していたが、さすがのラインナップにいつもよりテンションがあがってしまい、物色するだけのはずがついつい新作シューズを購入してしまった。 割引してくれるいつものミツマルスポーツより高い出費になってしまったものの、デザインと履き心地に一目ぼれしてしまったので仕方ない。いい買い物をしたと思うことにして、店を出て原宿駅……とは反対側へ、特に用があるわけではないけれど、久しぶりに来た街なので少し歩いてみることにした。 表参道の人の多さは相変わらずで明治通りは大渋滞、信号が変わり一斉に歩き出す人々。 同じ都内とはいえ、普段の学校や家の近所ではこのような光景はまずみないので、やはり渋谷・原宿エリアの混雑は凄いものだと思わずにはいられない。 友達と遊ぶとしてもほぼ来ない町なのでどこに何があるかよくわからない。 街歩きや新たな店の開拓、特にファッション系にさほど興味のない男子高校生が一人でぶらつくには、適していない街なのかもしれない。やはりこういう賑やかな街に来るときは、誰か詳しい友達と一緒じゃないと。 なんて思っていたら、数歩先を歩く人の後姿が、なんだか見たことある気がする。 (あれって……氷帝、だよなぁ。ラケットバッグ持ってねぇけど、もしかして―) 「忍足さん!」 振り返ったその人は同じ都内の高校生で、テニスの大会や練習試合で何度も対戦経験のあるライバル校の先輩だった。 「久しぶりっすね」 「なんや桃城か。自分、一人なん?」 「はい。ちょっとナイキシ○ップに行ってきたんス」 「上んとこの店か。あそこ規模デカいしなぁ」 「忍足さんこそ、一人ですか?」 「原宿にちょっと用事あってん。もう終わったけどな」 「俺もっス!ちょっとブラブラしようと思ったんですけど、何がどこにあるか全然わかんねーし、人多いし、今どこにいるかもよくわかんねーし」 「せやなぁ、このへんは特に人が凄いし。俺もよぉ来んわ」 猛暑といっていいくらい夏本番の日差し降り注ぐなか、蒸し暑さ満開で額から汗がダラダラ流れている桃城とは正反対に、どこか涼やかな雰囲気をかもし出しているのはこの人独特のものなのか。 鎖骨あたりまで伸びた長めの黒髪、まん丸な伊達眼鏡は中学時代と何ら変わらないスタイルだけど、さらに伸びたのであろう身長とすらり長い足。 つまりはルックスがとてつもなく良いこの美形は、周囲の女性らの視線を一身に浴びながらも何ひとつ反応を返さず、慣れているのだろう、好奇心や向けられる好意を全て受け流し、他校の後輩へ柔らかい笑みを浮かべ誘いをかけてくる。 「ちょっと一軒、付き合わん?100均みたいな店やねんけど」 「へ〜このあたりに百均あるんスね。いいっスよ」 すぐそこだという忍足についていくと、数分で行列が見えてきた。 (食いモンの店じゃねーのに、並んでんな〜。何の店なんだ?フライン○タイガー?) 「ここっスか?」 「混んでるなぁ」 「テレビで見たことある店だ。北欧かどっか、ヨーロッパの店っスよね?」 「まぁ、北欧の100均みたいなモンや」 「何か買うんスか?」 「ジローが欲しがってる文房具があってな。せっかく原宿来てるから、ついでに」 「はぁ。文房具?」 「ボールペンが欲しいんやと」 「ペン?」 「3本100円のペンがあって、それが絵書くときに使いやすいて最近そればっか使っててな」 「?絵書くのにボールペンっスか?」 「アイツなんでもええねん。絵筆、鉛筆、クレヨン、色鉛筆…」 「あー、そういや絵、すっげぇうまいんスよね、芥川さん」 「なんや知っとるん?」 「賞なんこか取ってたじゃないっスか。新聞に載ったって聞きました」 氷帝学園に通う芥川は桃城からしてみれば目の前の忍足と同様、他校の先輩にあたるわけだが、公式の対戦はもとより練習試合でもまず当たらないのでさほど交流は無い。主にシングルスで出場する芥川と、試合によってダブルスも行う桃城では練習試合だとしても対戦相手として組まれにくく、同じくダブルスもシングルスも行う忍足のほうが対戦しているといえよう。 けれどその芥川は青学の先輩数人と仲が良いので、彼の話題は青学の先輩たちからたまに聞くことがあり、テニス以外の『芥川さん』については多少知っている。 「今はボールペンでのイラストに凝ってるんやと」 「へぇ〜」 運動だけでなく絵画や彫刻といった美術方面でも明るい才能を持つ『芥川さん』の作り上げる作品は全国コンクールで賞をとり、新聞に載るほど有名らしい。 ある日の部室で、興味深げに新聞の文化面を覗く不二に声をかけると、とあるイラストを紹介する記事を見せてくれた。文章はよく読んではいないが、その絵のキャプションに書かれた『氷帝学園高等部2年-芥川慈郎』に驚いたものだ。 「ココのボールペンが細くて書きやすい言うててん」 「は〜、それでパシリっスか」 「優しさ言うてくれ」 「けど、すっげぇ混んでますね。この列、並ばないと入れないんスか」 「考えられへん。………ボールペンなんて何でもええ気がしてきた」 「とりあえず並んどきましょーよ。けどそんなに気に入ってるボールペンなら、大量に買う方がいいんスかね」 「俺の財布、そんなにたくさんの優しさ入ってないで」 「3本100円っしょ」 「あんまり現金が無い」 「あ、そーっスか。そういやこの店、東京と大阪だけなんですっけ」 「そうらしいな。アイツ、5月の連休で大阪行って、フライングタ○ガーでボールペン3本買うたんやと」 「芥川さん?それで気に入ったんスね〜って今年の春?3本もう使い切ったのか」 「2本は妹に取られた言うとったな」 幸い東京にも何店舗かある店なのだから、それほど気に入ったのなら自分で買いに来てもよさそうなのだが。 そんな疑問が顔に出ていたのか、ともに並ぶ忍足は軽く首をふって『ジロー、店が東京にあるの知らんねん』だそうで。 大阪のフライングタ○ガーでの買い物は芥川にとっては大層楽しかったらしい。 しかも買った当初は自室の机に転がっていて存在を忘れていたものの、ある日何気なく使ってみたら書き心地が抜群で、最近はそのペンばかり使っていたためかあっという間にインクが無くなってしまい『大阪行きたい〜』と呟くようになった。 たまたま本日、下駄箱で女生徒らの会話が耳に入ってきて、キャッチした単語が『フライングタ○ガー、池袋、新しい』だったため、何となく携帯で調べてみるとすぐさま出てきた都内の店舗たち。 (なんや、東京にもあるやんか) 芥川の話では『大阪しかない店!』だったのだが、いやはやさすが首都圏。 第一号は大阪のアメリカ村のようだが、今となっては都内の方が店舗数が多かった。 忍足としては店に行きたがっている芥川へ教えてあげてもいいのだが、大阪で首を長くして『芥川くんの夏休み大阪旅行』を待っている従兄弟を思えば、聞かれるまでは黙っておこうか。いや、芥川のペンへの興味がこれからも続くのなら、いずれ都内の店舗を見つけ出すに違いない。となればあれだけ『大阪行きたい〜!夏休み、ぜってぇ行く!』といっている彼のテンションも元に戻るだろうし、大阪に来ないことで従兄弟が愚痴ぐち言い出すのは目に見えている。そして従兄弟のやり場のない怒り、がっかり感、喪失感……その全ての感情の向かうところ―いわゆる八つ当たりの矛先は、東京在住の自分に違いないと確信しているからこそ、出来れば芥川には黙っておきたいものだと忍足侑士は思うのであった。 「3本100円って安いっスね」 「4種類あるんやと。黒に水色、ピンクとあと黄色言うたかな」 「カラーペン?」 「いや、中身は全部青いインクらしい」 「それも珍しいっスね。黒じゃねーんだ」 「大阪で黒と水色、ピンクを1種類ずつ買うて、水色と黒は妹に取られたんやと」 「?ピンクじゃねーんだ」 「あそこんちの妹、オレンジやピンクより青や黒が好きやねん。ジローがピンク使てる」 「それはそれで違和感ないっスね」 「クラスメートの女子に可愛いカワイイ言われてるしなぁ」 大阪で買ったのは『黒、水色、ピンク』の3種類で、お店にもその3色だけだったらしい。 けれども芥川と同じく大阪のフライングタ○ガーで雑貨を大量買いしたクラスメートの女子が、同じボールペンを使っていたため教室で意気投合し、キャッキャしていたもののよくよく見ればその子のペンは黄色だったため『えー、このペン黄色もあんの!?黄色ほしー!!』と目をまんまるくさせて大騒ぎしたようだ。 女の子が言うには『私が行ったときは4種類あったけどなぁ』とのことで、俄然新たなボールペンを欲しがり次の大阪行きへと思いを馳せながら、部室でフライングタ○ガーのペンについてアレコレ話す芥川へ、同じくソファで携帯いじっていた向日から『侑士に頼めばいいんじゃねぇ?従兄弟、大阪だし』の一言。 ロッカー前で着替えていた忍足は件の、携帯で撮影したボールペン画像を大阪の従兄弟に送信し、アメ村の店にいく機会があったらこのボールペンの黄色をチェックしてくれるよう従兄弟へ伝えた。 『こんなファンシーなペン、どないするん?』 『書きやすいんやと。黄色が欲しい言うててん』 『お前が使うんちゃうんかい』 『何で俺がこんなん使うねん』 『なんや彼女に頼まれたんか?』 『アホ。欲しがってるのはコイツや』 部室のソファであぐらかきながら、テーブルに白いポストカードを置いて、例のピンクのボールペンでイラストを書いている寝太郎の写真を密かに撮って送ると、すぐさまトークが飛んできて『あ、芥川がこのペン、欲しい言うてんの?』とまぁ、メッセージでもどもるという器用なマネを披露した謙也は『き、き、奇遇やなぁ。ちょうど難波に用事があってん』とすぐさまお店にいったのだとか。 「店で財前に会った言うとったな」 「財前?へぇ〜アイツもこういう店に来るんスね」 「結局、大阪の店にボールペンはあったけど『黄色』が無かってん」 「となると、ここにも無いかも?あ、でも大阪とはラインナップ違いますかね」 「せやなぁ。謙也が店行ったのは数日前やけど、そん時は東京に店があるて知らんかったしな」 黄色いペンが無かったと意気消沈する従兄弟からのメールに『ご苦労さん』と返して、そのまま忘れ去ろうとしたところ、本日下駄箱で耳にした女生徒らの『フライングタ○ガーの東京店舗』らしき情報。 所用のついでに来てみたものの予想外の行列に、ひとまず並んではいるがすでに帰りたい気なっている。 「あかん……耐えられへん。暑い…」 「へ?」 「帰るわ…」 「え、もうちょっとで入り口っスよ?多分、あと1〜2分」 「並ぶの慣れへんねん。なんで東京人はこんなに並ぶかわからんなぁ」 「いやいや、こんなの並んでねー方っスよ?まだ5分くらいですし」 「この暑い中よ〜せんわ。ほな、またな」 「あ、ちょっと!忍足さん?」 ひらひらと手を振って行列から離れ、表参道の方面へと軽やかに去っていく忍足侑士。 ものの数秒の出来事に、桃城の呼び止めは何ら効果はなく、あっという間に彼の後姿が遠ざかっていく。 (本当にいっちまった…ってか俺、どうすりゃいいんだ) 特にこの店に用事があったわけではないが、話題の人気店かつせっかく行列の先頭にまで来たのなら、話のタネの一つとして入ってみるとするか。 (お〜すっげぇな〜、おもしろそーなもんいっぱいあるし) リビング、キッチン、キッズ、ステーショナリー、ミュージック 多様なジャンルのカラフルかつデザイン性の高い商品が溢れ、特に目の引く文具類とキッズトイ関連の豊富さ。弟と妹に何か買っていってやるかと思えるほど、子供が喜びそうなものが色とりどり並べられ目移りしてしまう。 (お、ペンコーナー。3本100円……あ、ひょっとしてコレか?黒、水色、ピンク……これだな、きっと) 確かに山のようにたくさんのボールペンが置いてあり、水色のコーナー、黒色のコーナー、そしてピンクのコーナーと大きく3つにわかれている。おかっぱの女の子モチーフで髪の色が黒、水色、そしてピンク色で、価格も『青3本100円』と書かれている。インクが全て青色でパっと見はカラーボールペンのようだが中身は一緒らしい。 そして。 (あ、黄色) 水色のコーナーの端に、1本だけ黄色いおかっぱの女の子モチーフのボールペンを発見した。 ほぼほぼこのペンのことを言っているのだろうし、3本100円なので買っても構わないのだが、実際に買って忍足に後日渡したところでまったく違うボールペンだと困る。 数十分前に別れた忍足へ電話してみたがあいにく電源がオフなのか圏外なのか、機械的なメッセージが流れるだけで繋がらない。となればこのボールペンで間違いないかを確認するには……そういえば大阪の店へ従兄弟を派遣した際に、財前もいたと言っていたか。 常に携帯をいじっているヤツなので、おそらくすぐに気づいて返信をくれるだろう。 黄色いボールペンの写真を撮り、遠く大阪の友人へと携帯で送ってみたら、案の定すぐさま『既読』とともに、メッセージが返ってきた。 『なんや急に』 『よお、久しぶり。この前、謙也さんとフライングタ○ガー行っただろ?』 『アメ村の?』 『さっきまでこっちの忍足さんといたんだけど、ボールペンの話聞いた』 『で?』 『俺いま表参道のフライングタ○ガー。忍足さんは行列が凄いって帰ったけど、忍足さんが謙也さんに頼んだボールペン、これで合ってるか?』 『黄色、あったん?』 『おう。1本だけな。黒と水色、ピンクはいっぱいあるけど』 『それ、買うてくれへん?』 『なんだよお前も欲しいのか?』 およそ財前が持つとは思えない可愛らしいボールペンだが、間髪入れずに『買っといてくれ』という。 以前桃城が大阪へ行った際に、財前おすすめの店でぜんざいセットをご馳走になったことを思い出し、そのお礼として買っといてやるかと黄色・黒・水色の3本を手にとってみた。 ぜんざいセットとボールペンの値段を比較すれば、3本100円を6〜7セットは買わないと釣り合いがとれないのでもう少し足してみようとしたが、6〜7セット買うとしても18〜21本になる。財前が自分で使うのか、このボールペンが大のお気に入りだという芥川へ渡すのかは不明だが(なんせ財前と芥川は仲が良かったりする)、いくら芥川がイラストを書く際にこのペンを使うとはいえ18〜21本も必要か? 買うのはいいけど、これをどうすればいいのか。 大阪に送るか、はたまた眼鏡の忍足と同じく財前も『ジローが欲しがってた』から黄色いボールペンを探しているのか。 『今度そっち行ったとき払う』 『いやいや、甘味屋でおごってもらったし、いらねーって。どうせ夏にこっち来るんだろ?』 『たぶん』 『それまで持ってればいいか?お前がこのペン使うとも思えねぇけど』 『別に俺が使うわけじゃ』 『やっぱり?じゃあ芥川さん?あの人が欲しがってるボールペンなんだろ』 『それも聞いたん?』 『おう、絵描くときに使うんだってな』 『ほな渡しといてや。黄色探してたから』 『OK!』 携帯を胸ポケットにしまい、3本100円のボールペンを適当に掴み、他にも変わったデザインのペンをチェックしつついくつか加えておこう。財前は『黄色』があればいいので3本でいいと言うが、せめておごってもらった『ぜんざいセット』の額くらいまでは。 面白デザインの文房具は弟へ。 妹は最近マスキングテープ集めにはまっているので全種類揃えてやろう。 お洒落なキッチングッズとは無縁の自宅キッチンだが、フランフ○ンで台所便利グッズを買ってあげた時は喜んでいたので、母へも何か土産を買っていくとするか(父へは無論、何もなし)。 同じ都内なので、大会でいずれ氷帝とあたるだろうし、それでなくても青学と氷帝の関係は良好で、よく合同練習や合宿、練習試合を組む仲だ。 シングルスとして芥川と対戦することはあまり無いものの、彼本人に会う機会は比較的多い方なのでいつでも渡せる……が、自室に置きっぱなしにすると忘れそうなので、早いうちに渡してしまいたい。 (夕飯まで、あとちょっとあるな。よし、行ってみるか) 芥川が在宅中かは不明だがいなければ彼の家族にボールペンを預け、ついでに近所の友人宅へ立ち寄ることにした。 借りていたゲームをクリアしたばかりだし、ちょうど肩にかけているラケットバッグに入っているので返してしまうことにする。 確か芥川クリーニングのある商店街と、他校生の友人・神尾の自宅は割と近かったはず。 電車を乗り継いで到着したクリーニング店のカウンターで、手馴れた様子で仕上がった洋服を透明な袋に入れて、何やらホッチキスでとめる作業をしている金髪を見つけた。 「ちわーっス芥川さん、プレゼントっす〜」 突然現れた他校生にびっくりしつつも、ふんわりとした笑顔で迎えてくれた彼へ、そっと差し出すむき出しのボールペンの数々。 その中の女の子モチーフのボールペンに目を輝かせ、さらに『黄色』を見つけた途端、テニスコートでよく見かけるハイテンションに変わった。 とりあえず贈り主をはっきり伝えておこうと財前の名を告げると『まじまじ?すっげぇうれしー!!ありがとう』とともに元気いっぱい、満開の笑顔が出たので思わず携帯でパシャリと撮ったらきょとんとした顔をされたため、続けざまにその顔も1ショット撮り『財前に代理渡し完了、と証拠メールするんス』としておいた。 すると、プレゼントのボールペン十数本を指の間に全てはさんで顔の両横にかかげてニカっとポーズを取ったため、ノリでそのショットもおさめて、先ほどの2枚とともに財前にトークアプリで飛ばしておいた。 ―お届け完了!すっげぇ喜んでたぞー 帰りの電車の中で通知音が鳴り、携帯をポケットから取り出せば遠く大阪から『Thanks』とメッセージが届いていた。 (終わり) >>目次 |