行きつけのシルバーアクセサリーショップより新商品入荷の連絡が入ったので出かけようとしたら義姉に呼び止められ、ついでにキッチングッズを少し見て来てくれと頼まれた。 心斎橋駅から徒歩数分、いわゆる大阪アメリカ村にはいくつもの古着屋、雑貨屋とお店が多種多様に並び、一本裏道に入ったところに財前が通うアクセサリーショップがある。 両耳に山ほどつけているピアスはその店オリジナルで、小学校の頃から通っているからか店長、デザイナー、そしてオーナーにまで覚えられ、今では新作が入るといの一番にメールをくれて、店員価格で割引もしてくれるお店だ。 そんな店にキッチングッズがあるものか。 何を言っているんだと義姉を振り返ると、ぶんぶん首をふり『光くんのアクセサリーのお店、アメ村でしょ?ついでにフライングタ○ガーで新しいキッチンマット買うてきて欲しいわぁ。デザインは光くんに任せるから』とのこと。 にっこり笑顔で数千円渡され、おつりはお駄賃と言われれば立ち寄るしかない。 シルバーアクセサリーは後でじっくり見るべく先に義姉のおつかいを済ませることにして、人の多さに辟易しながらも大混雑のフライング○イガーへ入店すると、視線の先に見慣れた後頭部が見えた。 「何やってんスか?先輩」 「うぉッ!?」 ―ポン 両手で商品を持ち、右、左、右、左、と何やら頭を交互にふりおかしな動きをしている金髪の軽く肩を叩くと、物凄い勢いで振り返られた。 「な、なんや、財前!?」 「怪しすぎっすわ」 「どアホ、誰が!」 「アンタや、謙也さん」 「た、た、ただ色々見てただけやん」 「何どもってるんスか。ていうか、アンタ駅前の100均専門やん。なんでこんな店におんの?」 「俺かて流行の店の一つや二つ、入るっちゅう話や」 「5分も待たれへん人が、こんな混んでる店になんてよお入らんやろ」 ―どんな人気店でも並んでまで入るなんてありえへん そんなことをよく言っているこの先輩は、何よりも『待つ』行為が苦手なタイプだ。 学校の自販機に2〜3人並んでいるときでさえ、少し待てば買えるのに他の自販機に行こうとして遠回りすることもあるし、学食でも並びたくないのでチャイムと同時に学校一の俊足をいかんなく発揮し、たいがいトップバッターでトレーを引っつかみ注文しては一番最初に食べ終わる。 そのため回転の速いラーメン屋や屋台系なら多少並ぶのも許容範囲のようだが、女子が好むやたらと並ぶパンケーキ屋やアイス屋、ポップコーン屋などは論外だ。 それは食べ物屋に限らず、若い女の子たちで溢れている流行のショップ―この、フライングタ○ガーのような店も、レジに並ぶ長蛇の列を見れば忍足謙也にとっては『避けたい店』に入るはずなのだが。 「お前もこんなポップな店、興味ないやろ」 「ポップてなんやねん。別に俺、たまに来ますし」 「な、お前っ、こんな女子だらけの店に、一人で入るんか!?」 「?一人の時もありますけど、たまに白石先輩やラブルスコンビにも会うし」 「小春とユウジはこの店のことよ〜話すけど、白石やて!?」 「はぁ。白石先輩、ここの文房具使てますよ?ノートとか、ペンとか」 「ペン!」 「…アンタが持ってるのも、ペンやな」 「せや、早よ探さな!」 女の子モチーフのボールペンの、左手にピンクのもの、右手に水色のものを握りしめ、きょろきょろ視線をまわしながら目の前のボールペンの山を凝視する忍足が、一体何をやっているのかはわかりかねるが、『3本100円』と書かれたボールペンは女の子の髪が黒、水色、ピンクと3パターンのペンが山盛りに置かれていることを思えば3種類なのだろう。 何をそんなに迷うことがあるのか、ピンクと水色を持っているのならもう一つで『3本100円』の完成なのだから、とっとと黒を掴めばいいのに。それともボールペンの一つ一つをチェックでもしているのだろうか? 3本100円なのだからそんなに悩まなくてもいいだろうに。 …と呆れながらも、もしこの先輩がボールペンに傷がないか細かくみながら吟味していたらひたすら気持ち悪い。 エクスタシーな先輩ならありえるが、この先輩はそういう細かなことを気にしないはずだ。 「3種類だけやん。何をそんな悩むことがあるんスか?」 「黄色があるはずやねん」 「…4種類?」 いや、目の前に広がるボールペンの山は、大きく黒のゾーン、水色のゾーン、そしてピンクのゾーンと何故かもう一つ水色のゾーン。誰がみても一目で『3色のみ』ということがわかる。 「黄色なんて無いやん」 「せやから、あるはずやねんて」 「…少なくとも先輩が握ってるペンは青と赤。黄色ちゃうで」 「水色とピンクや!」 「……どっちでもええっすわ。黄色ちゃうし」 「黄色があるらしいねん」 「ここに無いのに悩んでもどうにもなれへん。店員に聞いたん?」 「!!ええこと言うたな、財前」 「なんでとっととそれをせんと、ボールペンをずっと凝視してんのか理解に苦しむ―」 「(無視)よっしゃあ、待っとれよ、芥川ーッッッ!」 突然叫ぶと、握り締めたボールペンをそのままにレジへ向かって走り出した男子高校生に、すぐさま店員からの『店内を走らないでくださいー!!』たる注意が飛ぶ。 というか、何だって? 「芥川?なんでジローさんなん」 3色100円のボールペン、黒、水色、ピンク、そしてこのシリーズは『黄色』があるらしい。 そして、それに繋がるのが『芥川』? まったく意味がわからないが、とりあえず義姉のおつかいであるキッチンマットを選ぶことにしよう。 夏らしいデザインが並ぶなか、スイカ、オレンジ、チェリー、とたくさんの果物が詰まったフルーツ柄のものが目に飛び込んできた。そういえば義姉と母は柄がワッチャワチャ密集したしたものを好むので、これでちょうどいいだろう。家族の人数分のランチョンマットを小脇に抱え、いまからあのレジに並ぶかと思うとため息の一つもつきたくなるが、おつりで甲○流のたこ焼きでも買って、小腹を満たしたらシルバーアクセサリーショップへ行こう。 (3本100円、か…) ふと、レジに向かおうとした足が止まり、山積みのボールペンへの前へ戻ってみた。 おかっぱで大きなリボンをつけた女の子がモチーフの、可愛らしいボールペン。頭を押すとペンが出てくる仕組みになっていて、黒いおかっぱ、水色のおかっぱ、そして桃色のおかっぱと3種類。 『男子』高校生たる自分が使うのは勘弁願いたいが、何故か気になって無造作に3本掴み、そのままレジの列へと向かう。 (こんなん買うて、どうすんねん) よくわからないが、脳が『買っておけ』と指示している気がする。 家に戻って我に返るかもしれないが、そうなったらなったでラブルスにでもやればいい。きっと喜んで使ってくれるだろう。 それに。 『待っとれよ、芥川ー!!』 先輩から出た『芥川』で連想される人物と、手の中のボールペンはなんだかピッタリ合っていて、自分が使うのはおかしい感じがするけれど、東京のアノ人がこのボールペンをカチャカチャやっている姿は違和感が無い。 夏休みに東京へ行く予定なので、それまでに手元にあればアノ人にあげてもいいだろう。 (…東京にもこの店、あるやんか) 日本一号店がここアメリカ村だとはいえすでに店舗数は東京が多いし、興味なさそうに見えてわりと流行の店に行くアノ人のことだから、表参道だか池袋だか、東京のフライングタ○ガーに行っていそうな気はするけれど。 ようやく会計を終えて出入り口へ向かうと、肩を落としている金髪を発見したのでひとまず回収して、たこ焼き屋へ向かった。 (『黄色』は無かったらしい) (終わり) >>目次 |