雲ひとつない青空が広がり、太陽が真上に燦々と輝くあたたかい日。 出かけるには最高でもってこいの日に、四駆を借りてサンフランシスコ市内からベイブリッジを渡り、フリーウェイを飛ばすこと3時間半。 やってきたここ、ナパバレーはカリフォルニアワインの産地として有名な地域で、あちこちに大小のワイナリーが連なり、葡萄畑が広がっている。 日本酒、焼酎、ブランデー、ビール……慈郎にとってアルコール類は嗜む程度なので、これといってワイナリー巡りに興味があるわけではない。 ただ、パートナーが……一緒に来ている、今は運転手として鼻歌うたいながら気持ち良さそうに道路をかっとばす彼が、ワイン好きということで、せっかくレンタカー借りたのだから遠出しよう、ワイナリーが近いことだし行ってみよう、となって現在このエリアにいるわけだ。 酒といったら何でも飲むタイプな人だけど、彼は芥川と違って『嗜む』レベルじゃない。 毎晩の寝酒は欠かさないし、平気で一人でワインボトルを空にする。 ともに晩酌を交わすこともあるが、最後まで付き合えないので一杯お付き合いした後は、彼をおいて早々とベッドに入ってしまうことが多い。 芥川が酒に弱いわけでは無いのだが、外ならばともかく自宅だとリラックスしているからか、お酒が入ってしまうと眠気に拍車がかかる。 逆に、恋人はどんなに飲んでも顔色一つ変えず、テンションもさほど変化もなければ黙々と飲み続ける。 親友のパティシエのように、お酒以上に『つまみ』や『アテ』を胃におさめることはなく、肴はあまり食べずにひたすら飲むためか体型は昔とさほど変わってはいないし、自身でウエイトコントロールも出来ているためか下っ腹が出ることもない。 当初はワイナリーで行くのなら無論、試飲もしたいだろうからレンタカーではなく『ワイナリー巡り』等のオプショナルツアーに申し込む方がいいんじゃないかと思ったものだが、ツアーだと好きなワイナリーに行けないし、ドライブ中に目に入り、行きたい!と思ったところももちろん行けないうえ時間も制限されているのが彼には嫌だったらしい。 たとえ試飲できなくても気になったワインは買えばいいし、運転は往復自分がやるので着くまで助手席で寝ていていいと言い、早々にレンタカー会社のホームページで予約を行っていた。 それなら興味の無い自分が運転すればいいので好きなだけ試飲すればいいと運転手をかってでるも、普段まったくハンドルを握らないペーパードライバーだからか『…片道3時間半以上もかかるし、心配じゃけ』と中々折れなかった。 それならば、とナイショで国際免許証を発行して、できあったグレーの免許証を目の前に掲げたら、しばらく考えこんで、考えこんで、芥川の免許証を持って自室に篭ったが、その翌日少し折れた。 『基本俺が運転するけん。お前の運転は……もし万が一、何かがあった時だけだ』 芥川を心配しているのかドライビングを心配しているのか何なのか、神妙な顔で国際免許証を芥川へ返した。 実際に車を借りてまずはもちろん仁王の運転だが、ベイブリッジを超えフリーウェイで1時間も進めば6車線ある道も車がだいぶ少なくなっていき、目的地・ワイナリー方面に入る頃にはだだっ広い道が続くのどかな風景が広がっていた。 ここならば、と運転交代を申し出るも瞬時に却下され、『せっかく国際免許証とったのに〜』なんてぶーたれてみても、『万が一のときだけ言うとるやろ』とだけ一言。 到着したワイナリーでも、ショップに併設されているカウンターバーでオーナーらしき人や店員の話を聞き、色々と質問しているだけで試飲はしていない。 熱心な日本からの客に、ホスト側もせっかくだから試してみてはと色々なワインを勧めてくれるが、その全てに『車できてるから』と断りを入れている。 (オレ、運転するって言ってるのにさ) 3軒目のワイナリーでも同じ光景が繰り広げられていて、仁王はカウンターでワイナリーのスタッフらしき老婦人の話に聴き入っている。 同じようにテイスティングを、とグラスを渡されそうになっても手をクロスさせて『運転あるから』と断り、そのかわりになのか色々と質問をぶつけている。 心なしかワイナリー側の老婦人の顔も柔らかく、にこにこと嬉しそうに話しているので、ここでの会話もしばらく終わらないだろう。 カウンターの仁王に、ショップと庭を見てくると告げて、その場を離れた。 最後にもう一度『飲んでいいんだかんね?』と念押ししたけれど、このやりとりも3回目なのできっと彼はここでも飲まないで終わるのだろう。 「運転くらい、できるっつーの」 色とりどりのパンジーが花開いている、ワイナリーショップ外の庭の一角にしゃがみこみ、じっと花弁を見つめながら呟く。 確かに、普段は電車移動がメインで、車に乗るとしても助手席ばかりだ。 だいたい自宅の車も所有者は同居人の仁王で、出かける際は彼がハンドルを握る。 休日にスーパーや本屋へ行くだけだからと車を貸してもらおうとしても、100%ついてきては芥川を助手席に乗せるので、運転する機会が無いのだ。 だからといって別に運転が下手なワケではない、、、と芥川本人は思っている。 免許も筆記・実技ともにストレート合格で、教官には褒められたし、免許とりたての頃は父親の車を借りてしょっちゅうドライブもしたし、友達と遠出するときは運転もした。 仁王と同居するようになって運転をしなくなった……というか、させてもらえなくなった? 何を心配しているのか謎だが、料理・掃除・洗濯含め仕事が主に在宅ですむからか、家事は率先して行う同居人はどこまでも尽くす男だ。 痒いところに手が届く…を地で行く恋人は、こちらが求める前にあれやこれやと用意し、整えてくれる。 そんなに何でもしてくれなくても。 いい年してそこまでしてもらうなんて、何だか自分がみっともないし、情けなくて……なんて自己嫌悪にひたるには、小さい頃から周りに甘やかされすぎた。 両親や兄は甘いし、幼馴染も学校の友達も皆みんな世話をやいてくれた。 ただ、芥川としては何もできないワケじゃない。 確かに甘い家族だが、自営業で両親ともに働いているためか忙しいときは子供たちだけだったし、妹の面倒をみたり、ご飯をつくったり、掃除したり。 意外にも家事は一通りのことは出来るし、大学生の頃は一人暮らしの時期もあったので、何も仁王が全てやらなくてもいい、分担しよう?と同居を始めた頃提案してみたものの、全て却下された。 彼とてそんなに潔癖なわけではないだろうに、元来人の面倒を見るのが好きなのだろうか? 『俺の仕事はパソコン一つで出来るけぇ、時間はいっぱいあるんよ。在宅ワークじゃけん、家事は全部任せんしゃい』 世話をやかれることがお前の仕事だ、ときっぱりはっきり言われ、若干思うところもあったのだが幼馴染や親友らが『大人しく世話されとけ』と言うので、ありがたく世話をしてもらっている現在の生活である。 エンジニア、開発、セキュリティ、データ管理……いったい何が本職なのか不明だが、パソコン関係くらいしかわからない仁王の仕事は、確かにパソコン一つで片がつくらしく、フリーランスになってからは基本的に家に篭っている。 学生時代から趣味で行っていた株もどんどん本格的になっていき、今ではどっちがメインなんだかわからないくらい、株価をチェックしていることが多いようにおもえる。 (常にパソコン2〜4台をカチャカチャ操作しているので、株チェックしながら本職もやっているのだろう) そんな趣味の株取引も大層儲かっているようで、20代前半にしてかなりの資産持ちだ。 こうやってリフレッシュに、と旅行に誘われ都内を離れるときも、手配から支払い、準備、出発まで全てを取り仕切り、完璧なコーディネートをしてくれる。 エアはビジネスクラス、ホテルはラグジュアリークラスで、ジュニアスイートやエグゼクティブルームといったカテゴリーの高い部屋。 一人でフラっとどこかへ旅行するときはバックパックでユースホステルに泊まったり、安々エコノミーで野宿するときもあるらしいのだが……芥川を連れて行くときは、『安いところでいいのに』と言っても聞かず、妥協しない。 (まぁ、一人旅で安々エコノミーなのは何も節約しているわけではなく、同じようなバックパッカーや現地の人たちとの交流を楽しむのが目的のため、安々エコノミーのほうがやり易いから、とのことらしいのだが) 「おなかすいたな〜」 朝ごはんをホテルのビュッフェで食べてから、車とばしてナパバレーまできたけれど、太陽は既に頂点から少しズレていて、気づけばお茶タイムの時間になっている。 軽いスナックとドリンクを移動中の車内でつまんだが、腹を満たすほどではない。 かといって葡萄畑が続くこの辺りは、レストランも見当たらなかったし、何よりも連れのコイビトは次々にワイナリーへ向かい、見学とショップカウンターでの聴講に勤しみお昼のことなど忘れているだろう。 ショップでサンドイッチでも買おうかな〜と思った矢先に、『次のワイナリー』と言われ、移動となっての3軒目のため、タイミングが掴めないまま15時を迎えようとしていた。 (まだ話してるし、大丈夫かな) パンジーの庭に面した窓からショップ内のカウンターをチラっと見ると、店内を出たときと変わらない後姿が視界に入る。 相変わらずの『聴講』は続いているようで、対面の老婦人は身振り手振りと朗らかな笑顔で話しているのが垣間見える。 まだまだ当分終わらないと判断し、パンジーの庭から30メートルほど隣に設置されているテラス席へと移動した。 ランチボックスを持参しているファミリー、売店でホットドッグやサンドイッチ、ピザら軽食を購入して外のテラス席で楽しむカップル、ホットコーヒー片手に読書中の学生。 ワイナリーのフリースペース・テラス席で思い思いの休憩を楽しんでいる人々に倣い、売店でチキンシーザーサラダとアイスティ、一口サイズのポンデゲージョ6個入りをゲットし、日陰のテラス席に腰掛けた。 『やぁ。ここ、いいかな?』 シーザードレッシングをかけ、フォークをぶっさしてさぁ一口目! 大口をあけたところで、頭上からかけられた声に、顔をあげると見知らぬ外国人。 「…う?」 『他にも席あるんだけど、日陰が良くてさ。テーブル一緒でもいいかい?』 ああ、そういうことか。 キョロキョロと周りを見渡した芥川に、テーブルシェアを申し出た理由を軽く述べて、はにかんだように笑う顔は俳優のように整った、かっこいいものだった。 右の手のひらを出して、向かいの椅子へ『どうぞ』と告げて、見知らぬ外国人とのシェアにOKと頷く。 『ひとり?観光?』 『イエス』 どうやら『シェア』というよりも、話しかけにきたらしい。 様子を見るに、連れがいるようには思えないので、この見知らぬ外国人も一人なのだろうか。 それとも、芥川と同じように店内に連れがいるけれど、一人ぼっちなのか。 観光?の問いにはイエスと答えつつ、続けて『連れがいるけどね』とカウンターの見える窓を指差した。 すると、状況が同じだと思ったのだろう、外国人の彼は一緒にきた連れはカウンターで試飲中だが自分はドライバーだから飲めないのだと笑った。 (仁王は飲んではいないだろうけどね) 『どこからきたの?アジア?』 『ジャパン』 『トーキョー?』 なるほどやはり、外国人にとってみれば日本=東京か。 トーキョー、オーサカ、キョート、ホッカイドー…だいたいがこのあたりの都市名を聞かれることが多い。 まぁ、こちらもアメリカといえば『ニューヨーク、ロス、サンフランシスコ、シカゴ、ラスベガス…』と大都会が出てくるだろうから、似たり寄ったりだが。 東京出身で、もちろん東京から来て、絶賛観光中だと告げると『トーキョー、行ってみたいんだよなぁ』との返しがきて、続けざまに『浅草、新宿、六本木、渋谷、原宿、秋葉原』といったところだけでなく、鎌倉で社寺仏閣をみて箱根で温泉に入ってみたい、と東京近郊まで出てきたため、単なるリップサービスではなく本心の興味なのだと察せられる。 ―ナパにはワイナリーだけでなく、ホットスプリング(温泉)もあるんじゃないの? 実は少し興味があって、ガイドブックを広げた際にこちらの温泉も入ってみたいのだと思ったものだけど、目の前の外国人は『温泉というか、温水プールだから日本のオンセンとは違うよ』ときっぱり。 『君の連れって、銀髪の彼?』 店内の試飲カウンターがチラリ見える窓を差す、彼の視線の先に合わせてみると、こちらに背を向けて相変わらずカウンターで話しこんでいる見慣れた姿。 先ほど『連れがいる』と同じ窓を指差したばかりなので、誰と一緒にきているかなんてわかりきっている。 カウンターには銀髪の男性と、ブルネットの女性のツーショットなのだから(向かいにワイナリー側の老婦人はいるけれど) 目の前の外国人も、『連れはカウンターで試飲中』と言うのだから、きっとブルネットの女性が彼の恋人か何かなのだろう。 『そっちは、ブルネットの恋人?』 『はは。まぁ、連れだけど残念ながらただの友達だよ』 『ふぅん』 『そっちこそ、銀髪のかっこいい彼、恋人?』 『イエス』 からかうように問われたため、躊躇せず頷いて、そのままシーザーサラダを口に運ぶ。 程よくグリルされたチキンと、クリーミィなシーザードレッシング、クルトンのさくさく感がちょうどよく混ざり合い、お腹がすいていることもあってとても美味しい。 サラっと『恋人』だと認め、何でもないように食事を続ける芥川を、びっくりした様子で見つめ、口を閉ざしていた外国人の彼は、何を思ったのかぐぐっと向かいの芥川へ顔を近づけてきた。 『なに?』 『キミって、オトコもOKな人?ゲイ?』 『……』 ずいぶんストレートに聞いてくるものだ。 男が恋人な時点でゲイなのは明らかだが、ここはゲイなのかバイなのかを聞いているのだろうか。 ―男が好きなわけじゃない。好きになったのが男だっただけだ。 なんてどこぞの小説のようなフレーズが浮かんでくるが、それを口にしたところで白けるのは間違いない。 実際にその通り、芥川としては男が好きなわけでもなく、過去に女の子とお付き合いしたこともあれば、それなりに体験も済ませている。 仁王を好きになって、こうやってお付き合いし、同棲し、一緒に旅行するなんて氷帝生としてテニス部で汗を流していたころには予想もつかなかったことだ。 ―男が好きなわけじゃない。仁王を好きになって、仁王が男なだけだ。 とまぁ、こんなことを目の前の彼に言ってもしょうがないし、伝えたところで『バイか』と解釈されるだけだ。 それに、聞かれたからといってゲイだろうがバイだろうが、芥川本人としてはどう思われようが構わないが、とてもプライベートな質問だし言う必要もないこと。 『さぁ、どっちだろうね』 ニッと笑顔ではぐらかし、視線を外してポンデゲージョを口に放りこんだら、小さく『ごめん、失礼なこと聞いた』と呟かれ、素直に謝られた。 …ズカズカ聞いてくると思いきや、ちゃんと踏まえているらしい。 『順番間違えた』 『…?』 『あまりにも好みのタイプだったから、何か印象つけなきゃと思ってさ』 『……』 思わず絶句。 いわく、店内で商品を物色しているところを見かけ、気になっていたらしい。 いつのまに姿が見えなくなったので諦めて、ブルネットの連れがいるカウンターへ行こうとしたが、窓から見えたテラス席に先ほど気になった金髪の姿が見えたため、思わず出てきてしまったんだとか。 ―これは、口説かれているのか。 『コイビト、あそこの銀髪だから』 『わかってるさ。でも、せっかく出会えたチャンスだから、お近づきになりたいんだ』 『…ちなみにどういう意味で?』 『出来れば銀髪の彼のかわりに、キミのいい人になりたいんだけど』 『ムリ』 『即答するなぁ〜。人生、何があるかわからないって思わない?』 『それは思うけど、でも今現在アイツとラブラブだから』 『入る余地、なし?』 『まったく無し。ゼロ』 『あはは、キッパリしてるねぇ』 前言撤回。 踏まえているどころか、ぐいぐいくる。 そっちこそ『ゲイ』なのかと問い返せば、『相手を女だ男だ決め付けるなんて、もったいないと思わない?』なんて、あっけらかんと言い放つ。 要はバイか。 『キミをみた瞬間、インスピレーションが沸いたんだ。この出会いを逃すなんて―』 『何かの間違いでしょ』 遮ってバッサリ斬る芥川に、『最後まで言わせてよ』と、続けざまに運命の人だの、一目ぼれだの畳み掛けてくる。 まだサラダを数口、ポンデゲージョ1つしか食べていないのだけれど、なんだか向かいの外国人が面倒くさくなってきて、どこかへ移動しようかと周囲を見渡すがどこへ行ってもついてきそうな気がする。 これらを持って店内に入るわけにもいかない。 さて、どうしたものか……『銀髪の彼』は何をやっているのか。 数分前に窓から見かけたときは、かわらぬ姿勢でカウンター聴講中。 きっと今も変わらないだろう。 ここはキッパリ、可能性はありません!と断らなければ。 (最初から断っているのだけど) 『コイビトが一番大切だから。ごめんね?でも、ありがとう』 『可能性、1%もくれないの?』 『うん。アイツのこと、いっちばん愛してるんだ』 『…そっか』 ぐいぐいこられていたけど、基本的には『踏まえている』のか? これ以上ないくらいキッパリ、何の含みも持たせずストレートに告げたら、存外アッサリと勢いを潜めた。 だがしかし。 『キミの一番愛してる恋人、あんな状態だけど』 『え?』 『あそこ』 再び店内カウンターが見える窓を指差した彼の、視線の先へと顔を向けると… 『…!!』 仁王より少し小さいくらいの、スレンダーで長身かつスタイルのいいブルネットの後姿が、隣の銀髪に寄りかかっている。 思わずぎょっとして、ついつい席を離れ窓まで近づき、中を覗くと… 『……』 『なんかいい雰囲気みたいだね』 窓に近づいても背を向けているので後姿しか見えないけれど、ブルネットの女性はピタっと体のラインを主張するシャツとタイトスカートに、ヒールの高いパンプス。 手足もスラリ長く、10頭身くらいありそうな素晴らしいプロポーション。 後ろの外国人にも『いわゆるゴージャスな美人タイプだよ』と余計な一言を添えられた。 そうか。 スタイルもルックスも良いゴージャスな美人の、スラリと伸びた左手が、何故か隣の銀髪の腰にまわされていて、よく見知った銀髪は抵抗もせず好きなようにさせている、と。 『キミの彼も、まんざらでもないみたいじゃない?』 『……』 『シャープでかっこいいよね、彼。あいつの好きなタイプなんだよなぁ』 『……』 『キミも、運転手なんだ』 『…?』 確かにこの外国人の連れはブルネット美人で、恋人ではなく友達関係で、彼女がワインを飲むので彼は運転手だといっていた。 芥川としてもそのつもりだけど、連れの恋人は自分で運転するので飲まないと言い張っていて、それはそれで『飲んでもいい!運転するし』と何度いっても聞き入れず、芥川に運転させるなんてとよくわからない心配をしていたのは事実。 自分がどんなに言っても、前のワイナリーで一口も飲まず運転席を譲ってくれなかったのに。 『グラスも結構出てるから、相当飲んでるんじゃない?』 『いや、あいつ、飲まないって……彼女じゃないの?』 『二人の前に、グラスいくつも並んでるよ?それに…ほら、また乾杯した』 『!!』 自分がどんなに『飲め』といっても、決して頷かなかったのに。 『なに?キミの彼、ワイナリーに来て飲まないつもりだったの?』 『…買うだけで、あいつが運転するからって』 『ああ、キミ、運転できないのか』 『(そういうワケじゃないけど…)』 『アイツに飲まされたのかもね。かなり強引な女だから』 『……』 『でも、キミが運転できないとなると、これからどうするの?』 後ろからどんどん言葉を積み重ねされるけど、全てが耳を通り過ぎていく。 なんだろう。 仁王が来たがっていたワイナリー巡りで、せっかくなのだから試飲して欲しいと散々言っていたのは芥川自身だ。 その全てに頷かず、車の鍵を離さなかったのは仁王で、さらに『俺は飲まんけど、お前は飲んでいい』と言っていたのも、カウンターでワイングラス傾け、楽しそうにブルネット美女と話す彼だ。 芥川が望んだ通りに、せっかくのワイナリーで試飲している………のだけれど。 いったい全体、何がキッカケで、あんなに『飲まない』と言い張っていたの意思を変えたのか。 いや、いいんだけど…・…いいのだけれど。 『俺たちもどこか行こうか』 『…は?』 『お互いの連れ同士、気が合ってるみたいだしさ』 『……』 『銀髪の彼も、恋人に一人テラスで食事させて、自分は美女とワイン片手に楽しんでいるようだし』 言葉にされると、その通りすぎて何も言えなくなる。 ブルネット美女とこちらの外国人は、『友達』というから、美女が見知らぬ男と飲んでいても一向に構わないのだろう。 ましてやこの男はバイだ。 しかし。 ―アイツのこと、いっちばん愛してるんだ。 そんなセリフで、後ろの外国人のアプローチをケンモホロロに断ったというのに。 肝心の彼が、美女と楽しそうにアルコール傾けているだなんて……ヤキモチというか、何というか。 そういう男ではないので、仁王と美女の間に今までもこれからも何かあるわけではないと信じているし、わかりきってはいるけれど。 しかし。 せっかく後ろの彼を黙らせたのに、また『ぐいぐい』が復活してきたじゃないか。 『この近くに、オーガニックの野菜料理が評判のレストランがあるんだ。歩いていける距離だし、どう?』 『…ちかく?』 『ほら、あそこ』 彼の指差す先には、ログハウスのような木の可愛らしい建物がある。 住居っぽいつくりなので、てっきりワイナリーの倉庫か、オーナーのプライベートスペースか、とにかく一般には関係ない建物だと思っていたけれど、あれはレストランなのか。 『夕方はカフェタイムだけど、頼めば食事も作ってくれるしさ』 あそこのオニオングラタンスープと、雑穀パン、野菜とフルーツのサラダが美味しい、とおすすめしてくる彼に、ついつい頷きそうになる。 お腹がすいているのは確かで、サラダと一口サイズのパンを買ったけど、自分はそんなに食べる方ではないから、テラス席のテーブルに置いたままのものを食べたら、しばらくは持つとわかっているけれど。 『ヘンなところに連れてこうとしてるワケじゃないしさ。安心してよ』 『……』 『何なら、キミの恋人に、一言ことわっておいてもいいし』 『……』 さて、どうしたものか。 目の前の外国人と一緒に行く行かないはともかく、オニオングラタンスープには興味がある。 おもむろに携帯を取り出し、短くメッセージを作成しカウンターの相手に飛ばしてみる。 ―隣のレストランに行って来る。終わったら連絡ちょーだい。 さて、普段なら『一緒に行く』と返事がくるところだが。 楽しそうにワイン飲んでいるから、携帯のメッセージに気づかないかもしれない。 しばらくカウンターを眺めていたが、パンツに後ろポケットに入っている携帯に手が伸びないので、気づいていないのだろう。 隣の外国人がついてくる・こないは置いておいて、とりあえず彼のおすすめするレストランへいってみよう。 例え着いてきたとして、同じテーブルについたとしても、もうどうでもいい。 適当に話しして、仁王が終わるころにはバイバイで終了だ。 ―せっかくここまで来たのだから、仁王と同じように自分も楽しむことにしよう。 テラス席に戻り、食べかけのサラダの蓋をして、カバンにしまった。 残りのポンデゲージョをささっと口にしまい、租借しながら歩いて数分のログハウスに向かう。 やはり彼はついてくるけれど、それは無視することにして。 ワイナリーをでて、道沿いに歩き出して数分、胸ポケットの携帯が音をたてたので画面を覗くと、カウンターでお楽しみ中の恋人からのメッセージが届いていた。 (一緒に行く、かな?) 幾分ホッとして、メッセージを開けてみると… ―カウンターでしばらく飲んでる。 ……。 ああ、そうですか。 すぐさま携帯をポケットにしまい、足早に歩をすすめ、到着したログハウスの扉をあけた。 彼の言葉の通り、中はレストランになっており、眺めのよい窓際の席へと案内される。 当然のようについてきて向かいに座った外国人にも、もう何も言うことは無い。 普通に食事して、普通に『現地で知り合った外国人』としてたわいもない話でもして、食後はバイバイ。 食後にワイナリーへ戻って、まだ仁王が飲んでいたら、鍵だけあずかって車の中で昼寝でもしよう。 どうせ自分が運転手だ。 レストランはカフェタイムだったけれど、何度かここに来たことのある彼のおかげで、通常の食事メニューも出してもらえた。 おすすめされたオニオングラタンスープ。店員さんのすすめるバーニャカウダー、野菜ピザにアイスティを注文して、二人でシェアしてフツーにご飯を食べた。 注文後はひたすらアプローチされ続け、その全てにきっぱりさっぱり断りを入れ交わし続けたらやがて雑談になっていき、今まで旅した国や普段の仕事、最近のニュース…といった、普通の会話になっていったので、純粋に『旅先で知り合った外国人』として接することができたし、西海岸出身だという彼に市内のおすすめスポットやレストランの話も聞けたので、存外に楽しい時間が過ごせた、といえよう。 さて、仁王。 ワイナリーに戻って、カウンターを覗いた際に、ブルネット美女とキスでもしていたら、どうしてくれよう。 (だって腰に手、伸ばしてた) 彼女の方が、だけれど。 キスしてたとしても、それはそれでいいけれど。 …と頭では考えつつも、いざ目にするとどういう行動を起こすか、自分でもわからない。 そのとき感じる直感のままに行動するとしよう。 起こるかもしれない食後のアレコレをいくつも思い浮かべては、全ては実際にそういうシチュエーションにならないと自分がどう思うのかわからないものだ。 流れに身を任せることにして、とりあえずは美味しい食事を楽しもう、とアイスティに手を伸ばした。 数時間後… 戻ってこない芥川を心配し電話するも携帯は留守電になり焦る仁王だが、隣のブルネット美女の連れもいないと言われ、ともに探すことにした。 彼女の連れは近所のレストランを気に入っているといい、そういえば芥川も『レストランで食事してくる』とあったため、二人で近くのログハウスへ向かったのだが、そこには… 食事を終えてソファ席に移動し、コーヒーを飲む外国人と、彼の肩にコテンと頭をのせて眠る芥川がいたそうな。 (終わり) >>目次 |