切原赤也の震える夜



固い鈍器のようなもので殴られたのか、頭が割れるように痛い。
このまま眠りに落ちそうなくらいダルい身体と思考を留めたのは、両手首に不自然に巻かれた紐に引っ張られる感触か。

(あたま、痛ぇ…)


そっと目をあけると、見覚えの無い部屋。
明かり一つついていないが、天井の窓から差し込む月の光のおかげか、やがて暗闇に慣れた目とともに見渡すと室内が把握できてくる。


(え…?)


数メートル先に、ごそごそと動く人物、そして気配。
目を凝らして見ると、……信じられない光景が広がっていた。



「あんっ、んんっ…」

「ええなぁ、最高や」

「ふっ…ああんっ」

「やっぱり可愛いなぁ、芥川クン」


組み敷いた小柄な肢体を突き上げ、軽く揺さぶるとキュっと眉を寄せてあらがうように首をふる。
決して抵抗はしない―出来るわけもない―のだが、意識は別だとばかりにこちらを見ようとしない彼を、面白そうに見下ろしながら尚も腰を進める。


「あっ…うぅっ…」

「ちゃんと気持ちよぉしてくれんと、切原クンがどうなるかわからんて教えたのになぁ」

「やっ…ご、ごめんなさっ…」

「謝らんでええけど。締めたりできるやろ?こんなに熱なってる」

「うぅ…」

「あぁ…絶妙な締め付けやな。さすが芥川クンや」

「やぁんっ」




(え、俺…?)




なんで、ジローさんが俺じゃないヤツに押し倒されてるんだ。
なんで、俺はここにいるのに、他の男に泣かされてるんだ。
なんで、俺は動けないんだ。ジローさんを助けに行きたいのに。
なんで、ジローさんを組み敷いているのが、……白石さん?


なんで、なんでー





「切原クン、気づいたみたいやな」

「え…っ…ひぃぃっ!」


こちらを見つめる視線に気づいた白石は、それまでゆるく揺さぶっていた動きを止め、慈郎の気を引いた次の瞬間、奥まで強く打ちつける。
反射的に跳ねる体を押さえつけて、気づいた彼に見せ付けるかのように、意図的によく見えるよう体勢をずらした。



「やっ…赤也!」

「切原クンに助け求めても、無駄なのわかるやん?」

「あっ、あぁっ…んん」

「むしろ、芥川クンが切原クン助けんとなぁ」

「ひぃ…ん…っ」



縋るように切原を見つめたが、彼にはどうしようもない状況だということはわかっている。
そして、自身を押さえつけて、文字通り縫い付けている男が、先の先まで見通す天才で、寸分の甘さや容赦も無い男だと知っている。



『な、なんで…ジローさん!!』

「あかや―っ、あぁああ!!」


一際高い声をあげ、まぶたを閉じた双眸から涙があふれ、頬に落ちる。
こんな姿を恋人に見られたくはない。だが、彼の前での行為でないとこの男には意味は無いのだろう。


『白石さんっ!!どういうコトだよ!なんでっ…』


縛られたまま自由の利かない両腕を何とかしようと暴れるも、縄が食い込むのみでびくともしない。
唯一自由な口で言葉を紡ぐも、この場で唯一笑っている相手―白石の行為は止むこともなく、面白そうに切原を眺めながら腕の中の金髪を愛しげに撫で、中をえぐるように動きを変えて可憐な声をあげさせる。


「堪忍なぁ、切原クン」

「はっ、あ、あぁっ…」

「こうでもせんと、芥川クン、言うこと聞いてくれんし」



『だからって、こんなのレイプー』



「人聞き悪いなぁ。芥川クンは自分の意思で、ここに来てんで?」


ただ、エサとして切原を気絶させて縛り上げただけだと、カラカラ声をあげて笑うその目の奥に、鋭さと狂気がにじみでている気がして、拘束されている身に震えが走る。



「それとも、絶頂の時に首絞めてやったほうがええんかな?」

『なっ…』

「ここに来た時も、俺のこと射殺さんばかりに睨みつけて、めっちゃ痺れた。
解放したら二度と抱かせてくれんやろ?せやったら、俺のモンとしてここで手折った方がー」

『あんた、何勝手なこと言ってンだよ!ふざけんな!!』

「今かて大人しいのん、君を縛っているからやん。けどいつかは解かなあかんわけやし」

『今すぐほどけよ!!ジローさんを放せ!!』

「ここまでしたら、止められんのわかるやろ」



部屋の扉が開いたとき、立っていたのは鋭い眼光とふつふつ湧き上がる怒りを隠さずにぶつけてくる待ち人、芥川慈郎の姿。
両手首を縛られ、寝転がっている切原を見た途端に駆け寄り、不安げに瞳を揺らしながら彼を気遣い、しきりに声をかけていた。

どんなにアプローチしても軽くかわされ、相手にしてもらえなかった彼の興味を無理やりにでも引くには、やはり『大事な人』を使うしか無かった。
口説いても多少荒い手で脅しても怯まない彼だったが、切原という盾を使ったら面白いくらい大人しく従順になった。

それに妬く……なんてことを通り越して、非人道的なことをしているのはわかっている。
でも、もう止められない。
ここまできたら、冗談でしたじゃすまないし、実際に切原を殴り縛りつけ、組み敷いた芥川を思う存分貫いている。


そう、行き着く先はわかりきっているけど、それに愛しい人を連れていってもいいんじゃないか?


『あんた…何言ってんだよ』

「こんなの捕まって終わりやん?せやったら、芥川クンに付き合うてもらっても、ええやんな」

『つき、あうって…』

「水の音が聞こえるやろ。このロッジの後ろ、川やねん。結構な激流で、軽く崖になってん」

『まさか…』

「芥川クンともっと繋がっていたいけど、時間もあまり無いなぁ」

『ジローさん!!起きてっ!!』


ぐったりと横たわっている慈郎の頬を愛しげに撫でて、か細い吐息を零す唇に口付けを落とした。


『ジローさんっ!!』


赤目を充血させ、手首が千切れても構わないとばかりにもがき続けたら、右手の拘束が解かれた。



「へぇ、やるなぁ。プロ直伝の縛りやってんけど」

『てんめぇ、許さねぇ!』

「君に殺されそうやな。じゃあ、行こうか、芥川クン」

『おい、止めろっ!!』

「切原クンが自由になる前に、先に行かせてもらうわ」


一糸纏わぬ慈郎にバスタオルをかけ、そのまま横抱きにする。
ゆっくりと、そしてしっかりとした足取りで意識の無い慈郎を連れて、扉へ向かう白石をなすすべも無く見つめる切原に、一層の焦りが襲う。
だが、左を拘束する縄がどうしても外れない。

このままだと、白石は実行するだろう。





『止めろぉぉおおおーっ!!!』

























「うなされてるんじゃないッスか?」

「う〜ん、やっぱそうかなぁ」

「ていうかいつからいたの?切原さん」

「わかんない。起きたらこの状態だC」

「俺が来たとき、ジローさんだけだったしなぁ」



合宿所の巨木に寄りかかりながら、腰をしっかりと抱いて離れない年下の他校生を困り顔で見つめる。
その隣では、同じく昼寝の友として、いつの間に一緒に昼寝をしていることが多い、さらに年下の他校生が呆れた様子で1つ上の他校生を眺めている。


「や…めろぉ…」




「「……」」

「…寝言?」

「だねぇ」

「起こしたほうがいーんスかね」

「恐い夢でも見てんのかなぁ」


越前が昼寝をしにきたとき、合宿所の穴場スポットと密かに呼んでいる巨大な木の根元には、既に気持ちよさげに寝転がる御馴染みの他校生がいた。
ふらっと一休みしにくると、色々な場所で遭遇し、全てにおいて先にいるため、今では気にすることもなく彼の隣に寝て、彼を呼びに来る声で一緒に起こされ、夕飯に行くルーティンが出来上がっている。

今日もきっとそんな流れだと、テニスで流した汗をクールダウン、とばかりに昼寝を開始したのだが。


「起こしてるんだけど、起きないんだよねぇ」

「殴ったほうがいいんじゃない?」

「えぇ〜可哀想だC」

「大丈夫ッスよ。石頭っぽいし」


なんならラケットで殴ろうか?と脇においていたブリジス○ンを引き寄せ、振り上げた瞬間、いつものお迎え係りのうちの一人がやってきた。



「ジロくん、飯行くぞー」

「あ、丸井くん!」

「って、赤也?!」


寝こけている芥川を夕飯に呼びに来る『お迎え係り』の一人、丸井ブン太。
(注:ちなみに断トツで多いのは氷帝生だが、他校の一番手は丸井らしい。同室だからか?)


「おい、何なんだこの状況。なんで赤也、抱きついてんの?」

「わかんねぇ」

「越前」

「俺も知らないッス。起きたらこうなってた」

「こいつ、寝てんのかよ」

「うなされてるみたいなんだよね。起きねぇし」

「殴れ」

「えぇ〜?丸井くんもそっち派?」


「殴って起こす」「殴りゃ起きるッスよ」


揃って口をついた荒療治な起こし方に、芥川は『痛いC〜』というが、丸井と越前は目を見合わせて頷きあう。


「やっぱこういうヤツは拳で起こさねぇとな」

「そうそう。殴るのヤなら、蹴ればいーッスよ」

「もう、二人とも……ほら、切原、起きなよ?ねぇ」


相変わらず芥川の腰にがしっと両腕をまわしてぎゅうぎゅう力を入れているが、顔をみるとウンウン魘されている。
よっぽど恐い夢でも見ているのか、しがみついて離れないため少し心配になる。
幽霊や怪奇現象でも見ているのか?
そういえば彼はその手の類がまったくダメらしい。



「…ねぇ、お腹すいた。早く夕飯行きたいッス」

「だよなぁ。俺も腹減った」

「二人とも、先行っていーよ?オレ、切原起こしてから行くC」

「「……」」

「こら、起きろ〜」

「ジロくん、そんなんじゃ起きねぇよ」

「俺らが起こしてやるッス」

「え、ちょっー」



ドカッ!
バキッ!!




「痛ってぇーっっっ!!」



「「ほら、起きた」」



急な衝撃に飛び起きた切原は、両手で頭をおさえ、何かを探すかのようにキョロキョロと周りを見渡した。
そして、視界に飛び込んできた金糸を凝視し、そのまま視線をおろすと、きょとんとこちらを見つめる目とぶつかる。



「だ、大丈夫?(すっげぇ痛そ〜な音)」

「…芥川、サン?」

「え?あぁ、うん」

「本当に、芥川サン?」

「う、うん」

「本当に本当に?」

「ど、どうしたー」

「すいませんっっっ!!」


芥川を見た瞬間、両目からじわじわと涙が出てきて、止まらなかった。
自分のせいで、自分のために…!!


「うわっ!!」

「俺、おれ…っ、白石さんがっ!!」


わんわん泣きながら芥川に抱きついて、戸惑う彼の頭をぎゅっと胸に抱え込み、強く抱きしめる。

ーって、白石?




「あ、おい、こら、赤也!」

「…何してんスか」


急な展開についていけない3人だったが、切原の腕の中から逃れようジタバタしている芥川を救うべく、丸井は拳をふりあげてそのまま黒いワカメヘアに振り下ろす。


「痛ってぇ!!」

「てめぇ、ジロくんに何してやがる!!」

「く、苦しかったC…」

「何するんスか、丸井先輩!」

「うるせぃ!お前こそ何してんだ!」

「俺は、芥川サンが無事で、嬉しくてー」

「はぁ?!」



始まった立海生の罵りあいの早さについていけず、自分のうえで繰り広げられる口合戦をポカンと見つめて呆けていると、横からくいくいとユニフォームを引っ張られる。




「…ねぇ、ご飯行こうよ」

「でも、この二人」

「同じ学校の先輩後輩だから、置いといて大丈夫ッスよ」

「そうかなぁ?」

「だいじょーぶ。早くいかないと、跡部サンに怒られるでしょ」

「あ、そうだった。もうやばい時間?」

「うん。そろそろ『ジローはどこだ』が始まって樺地さんが来る時間ッス」

「やっべぇ」

「ほら、行きますよ」

「おっけ〜」


そぉ〜っと抜け出して、気づかれないようにラケットを抱えて仲よく巨木を後にする。
今日のご飯は何かな〜?なんて他愛もない話をしながら、食堂に向かう二人。


「今日は焼き魚あるといいね〜」

「朝食べたから、肉でもいいッス」

「オレ、ゼリー食いたいな〜あるかなー」

「プリンじゃないの?」

「プリンは朝食った〜」

「…プリンなんて朝食にあったっけ?」

「えへへ。昨日、シェフに食いたいって言ったら、ナイショで作ってくれたんだC」

「ずるいッス」


食堂に入ると、すでに皆が食事中らしくビュッフェで皿に取り分けているのはおかわり組の桃城ら一部選手だけだった。
仲よくお皿を取り、それぞれ食べたいものをよそい、テーブルを〜と探した先に、こちらを手招きする一人の男が。


「お〜い芥川クン、越前クン。ここ、あいてるで」

「あ、白石サン」

「あれぇ、一人?」

「金ちゃんとケンヤがおってんけど、ものの3分で食べて、卓球しに行った」

「相変わらず無駄に早いね〜」

「…それ、ケンヤの前で言わんといてな。あいつ、芥川クンのこと大好きやねん」

「忍足は一人で十分だC」

「ケンヤも入れてやってや。同じ金髪のよしみで」

「えぇ〜?じゃあ黒く染めちゃおうかな〜」

「……唯一の共通点やて密かに喜んでる可愛い男やねん。わかってやってや」

「えぇ〜?」

「そう言わんと」



四天宝寺の連中は、どこからどこまでが冗談なのか本気なのか、まったくわからない。
こうやって会えば毎回、忍足の従兄弟をおすすめしてくるこの男も、何を考えているのか。
壮大なネタなのか、それにしては忍足の従兄弟もすれ違うと視線を感じるし、練習で一緒になったり食事時に同じテーブルになるとまごまごして、まともな会話を交わしたことがない。
それどころか目を合わすとそらされるため、不思議に思い眼鏡の方の忍足に聞いたところ『あれは照れ隠しやねん』と意味のわからないことを言われた。
それが『芥川くんのこと大好きやねん』のせいなのか、それとも徹底してそういう体と設定で進めているのかサッパリわからない。
続く忍足の『まぁ、合宿終わるまでや思て、ノっとき』に、やはりそういう設定で周りがのっているだけかと結論づけて以来、ならば常にあしらってやろうと冷たくしているらしい。




そんな感じの、U17合宿中です。



そしてその頃。
いまだ巨木の元で言い合っている立海の先輩・後輩はというと。


「ばっっっかじゃねぇか?!何で白石なんだよ」

「俺だってわかんねぇっスよ!白石さんだったんだから!!」

「出てくるとしたら忍足謙也じゃねぇのかよ?ジロくんに言い寄ってる方だろい」

「あんなの芥川サンが相手にしてないッス」

「そうだけどよ」

「まじで、夢でよかった……」

「ジロくん道連れに崖からなんて、しかも白石だなんてありえねぇ話だろい」

「そりゃそうですよね。あの優しい白石サンが」

「…ていうかお前!いつジロくんがお前の恋人になったって!?」

「え、違いましたっけ」

「違うわっっ!!」

「あっれぇ〜おかしいな。それも夢?」

「あったりめぇだ!!アホか!ジロくんはお前のモンなんかじゃねぇ!」

「丸井先輩のモンでも無いッス」

「俺のだ!」

「はぁ〜?」

「いずれ俺のモンになるのは変わらねぇ」

「勝手に決めんな!」

「アイツが俺を好きなのは公の事実だろい!」

「そうですけど、でも違うでしょうよ!」

「違わねぇ」

「渡さねぇし!!」

「渡すも何も、お前のモンじゃねぇだろーが!」

「先輩のモンでも無いって言ってるッス!!」



ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー



留まらない立海生の応酬を止めたのは………ここはやはり、部の長なわけで。




「二人とも、いい加減にしないか」



「幸村くん!?」「部長っ!?」




ピタっと揃って口をつぐみ、恐る恐る声のするほうへ振り返ると、そこには…



「一部から苦情がきてね。食事時間に言い争いをしている選手がいて、それも立海生だと」

「「……」」

「二人とも、今が夕食を摂る時間だということがわかっているのかな?」

「「……」」

「タイムスケジュールがしっかり決まっているこの合宿で、よもや大事な食事時間を割いてまでやることがあるなんて、思えないが」

「「……」」

「それも、内容が不毛な言い争いに思えてしょうがないんだけど、どうなのかな?」

「「……」」

「ちなみに芥川はいま、越前と一緒に『白石』のテーブルで食事中だよ」

「「……!!」」

「二人とも、食後、罰則だ」

「「……」」

「それとも、真田にも来てもらおうかー」

「「い、行ってきますっ!!」」

「揃って出頭するように。俺はトレーニングルームにいる」

「「い、イエッサー!」」



脱兎の如く、な言葉通りに猛スピードで食堂へ向かっていく二人を眺め、大きなため息をつく立海部長。
やれやれ。
合宿が始まってから、毎日がこの調子だ。

厳しいトレーニングの日々ではあるが、同時に複数の他校生と過ごす時間が楽しいのはわかる。
だがしかし。


浮かれすぎだよ、二人とも…


氷帝の彼と仲がいいのはわかるが、いささか変な方向に行っているんじゃないかとこの先を案じた。
(だが、テニスに影響が無ければ個人の趣味志向がどうであれ、そこはまったく構わないらしい)





(終わり)

>>目次

**********
ちょっと楽しかったです。
赤也verの間男…誰にしようか。赤也に関連する人でプリガム以外。
最初は不二くんとも思ったのですが(対戦相手ということで)、ここは書きそうにない白石くんにしてみました。
最後の最後でケンヤやら幸村部長を出したのは完全にお遊び・おふざけです。
丸井くんが迎えにきた時点で終わってよかったんですけど、におくんのときと違い、現実では切ジロ設定にしなかったので。
でも、やっぱり…切ジロにしないとしても、切→ジロにはしたい!ということで。
ノリで丸井くんも→ジロくん、です。
珍しく15歳設定で、というかU17合宿の間の出来事、ということで=15歳ですね。
いや、でも、15歳で監禁してーとか、ありえん……いや、あくまで赤也の夢の出来事ということで。



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