丸井くんがまた彼女と別れた。 「だいたい、ウルセーんだよな」 ―いちいちアレコレ指図して、やれあの女は何だ。 ―なんで全然会う時間を作ってくれないんだとかまじ面倒だろ。 ―こっちは課題だらけで忙しい日々だし、だいたい合コンなんて行ってないのにたまたま高校の同窓会で元クラスメートの女子と話ただけでそれを偶然見かけたからってあーだこーだ。 「あんなに文句の多いヤツだとは思わなかったっつーの」 突然夜にピンポーンと鳴り、モニターで訪問者をみてみたら見慣れた赤い髪。 こんな時間に連絡も無く来るなんて、一人しかいない。 「はい、ウーロン茶」 「さんきゅ」 大学入学を機に都内の某所で一人暮らしを始めた。 家族は当初反対したものの選んだ学部が通うにはちょっと遠かったことと、兄ちゃんが海外転勤になったことも相まって、それまで兄ちゃんが住んでいたマンションに入ることを条件に認めてくれた。 (兄ちゃんのマンションから大学まで、自転車で通える範囲なんだよね) 海外赴任から戻ってくるまでの間、キレイに使うこと、郵便物の管理、エトセトラ。 解約してもよかったけど、気に入っているマンションだから出来れば勤務を終えて戻ってきてからも同じマンションに暮らしたいと願っていた矢先に、弟の大学進学と一人暮らし希望が重なり、ちょうどよかったみたい。 高給取りプラス海外勤務で昇進して、さらに給料のあがった兄ちゃんが家賃を負担してくれるというし。 (海外で住むところは会社負担で、不在の間部屋をキープするのは自分の家族だから、と日本のマンション家賃の全額負担を申し出てくれた) オートロックで管理人が常駐、1階には24時間営業のコンビニエンスストアつき。 大学生の一人暮らしにしてはかなり立派なマンションなので友達みんなに羨ましがられる。 かといってうまくかわしているので溜まり場にはならず、本当に仲の良い友達しか部屋にはいれない。 (タバコ吸うヤツは絶対禁止なんだC。 だって吸わない兄ちゃんの部屋の壁に、ニオイうつすわけにはいかないっしょ) 別にタバコ吸う人云々に思うことは無いし、友達にも吸うヤツはいるけど、この部屋では絶対にダメ!と遊びにくるやつには禁煙で通している。 (バルコニーでも禁止!) オレと同じく高校卒業とともに一人暮らしを始めた丸井くんは、この近くの製菓学校に通っている。 あっちも実家から通うにはちょっと大変ということと、家から出てみたいという理由でアパートを借りたといっていた。 街中でバッタリ会ったことで互いが意外と近いエリアに住んでいるとわかり、そこから家を行き来するようになった。 中学時代に知り合った丸井くんとは、それ以来良き友達関係を築いている。 岳人や宍戸ら幼馴染枠とは違うし、跡部や忍足といった氷帝友達枠ともまた違う関係。 元々はオレの一方的な憧れから始まったんだけど、互いにお菓子が大好きで漫画、ゲーム、テニス……と趣味も合い、どっちも部活で全国行ってーと、ライバル校には間違いなかったし、ある意味ライバルともいえなくもないんだけど、不思議とそういうバチバチ感は生まれなかった。 あっちがダブルスでオレがシングルス。 公式試合で対戦することが稀だったからかもしれないけど。 そんな丸井くんのオンナノコ関係は、というと。 別に遊び人でも浮気男でも無いんだけど、ずーっと彼女が切れない人。 ちょっと強引だけど明るいし面倒見もいいから、基本的にモテる。すんごくモテる。 学生時代からファンも多くてバレンタインは学校で2番目にチョコをもらったと聞いたこともある。 そんでもって告白されるのもしょっちゅーで、その時に彼女がいなくて、告白してきたコがまぁまぁ可愛くてアリなら知らない子でもOKしちゃうタイプ。 彼女ができたからって丸井くんの生活が変わることは無く、基本的に自分のやりたいことが一番優先。 せっかくの休みでも彼女と会うより友達とワイワイ遊ぶ方を選ぶし、そりゃ先にデートの約束してたらそっち取るけど、それでもそのまま彼女と一晩……ではなく、皆で集まって飲み会していたオレらのところに夜合流してくるパターンも多い。 連休は実家に戻ってまだ小・中学生の弟たちの相手をしたり、クリスマスはバイト先がかきいれ時だからとそちらを選ぶ。 大晦日〜初詣は、何故だか知らないけど鍋作ってくれて、オレのマンション(兄ちゃんのだけど)で数人の男友達と一緒に鍋つつきながらテレビみて、そのまま皆で初詣に行った。 その時の仲間内で彼女いるの、丸井くんだけだったからいいのか一応聞いてみたんだけど、『面倒くせぇ』の一言。 この言葉が出ると、たいがいもう別れる直前だとなんとなくわかる。 あんまりにも彼女に構わないから、だんだんと関係が悪くなっちゃうらしい。 そんでもって自分のやることや対人関係を口出されることを嫌うから、そーいうのでケンカになるんだって。 そりゃなるでしょうし、彼女がカワイソーだよね……と、友達皆とオレも含め、あのコに同情。。。はて、『あのコ』は今まで何人いたかな。 「うるさく言わねぇっつーから付き合ったのによ」 ちなみにさっきから元彼女に向けての暴言を吐きまくっているんだけど、珍しいな。 いつもなら『別れた』だけで多少の愚痴は言うけど、すぐさま別の話題になって喋って泊まって次の日にはサッパリしていて……そんでもって、数日後には新しい彼女ができてるんだけど。 どうせ今回も、一週間もすれば別の子に告白されて、『新しい彼女できた』と言われるんだろうなーとは思ってるけど。 (バイト先に丸井くんのファンも多いらしいから、別れたとなればすぐさまアプローチが来るんだろうし) 「あいつマジありえねぇよ」 「珍しいね〜」 普段は彼女に別れを切り出されて、『あ、そう?じゃあな』でアッサリ終わらせる。 (過去、現場に居合わせたことがあるんだよね。 自分から別れようと言ったとはいえ、あまりの返され方に女の子は絶句してた。 その後、うちにきて『別れた』報告されて泊まり、場合によって他の友達呼んでどんちゃん騒いだりするんだけど) だから、こんな風に文句のオンパレードな丸井くんが珍しい。 せいぜい『うるせーから別れた』だの、『いちいち泣くのがウザいから別れた』とか、ある意味サイテー男ぶりを披露するくらい。 それでも自分から別れを切り出すのはしないらしく、彼女の方から言われてそれを受け入れて終了。 彼女たちにしてみれば、あまりにもつれないというか、自分の方を見てくれない彼氏をどうにかしたくて別れをチラつかせたってのもあるんだろうけど。 前に何人か、丸井くんの元カノの愚痴を聞いたことがあるんだよね。 みんな、『憧れの丸井さん』の彼女になれて嬉しかったけど付き合ってみると、別に冷たくされるわけではないけど優先順位が低すぎる、物足りなくなる、と言っていた。 もっと自分を見て欲しくて、つい『このままだと、付き合ってる意味ない!』と、暗に別れを仄めかしたら丸井くんに『あ、そう。じゃあな』と言われて引くに引けなくなって、別れちゃったって。 中には、別れたいと言ったのは嘘だと縋った子もいたんだけど、一度別れた丸井くんは振り返らない。 『俺らもう他人だから』で切り捨てられた………と、その元彼女に泣きながらカフェで愚痴られた。 困ったことに、彼女たちがデートに誘うと、 『日曜はジロくんと先約あるからだめ』 『連休?ジロくんとキロロ(スノーボード)行くから』 『あー、クリスマスはバイトだから。夜?ジロくんと飲み会』 『その映画もう見た。この前、ジロくんとー』 こんな感じで断るから、彼女たちの中で『ジロくん』は中々の敵になるらしい。 ひっどいよね……。 いつかの日曜は確かに遊んだけど、オレだけじゃなくて昔馴染みの宍戸や、桃城、忍足(ケンヤの方ね)らで久しぶりにテニスしようってなって、遊んだだけだC。 北海道にスキー・スノーボードしに泊まりで行ったときも、忍足(ユーシの方ね)、仁王、不二くん、白石と他数人、跡部の別荘に招待されたからなのに。 クリスマス夜の飲み会も、大学の友達数人で飲んでたところにバイト終えた丸井くんが合流してきたんだよ? (予定聞かれて『友達と飲み会!』と店を教えたら、飲み会始まって1時間くらいで丸井くんが来た) 映画だって、跡部んトコの配給会社が出す作品でマスコミ試写見てきていいぞーって跡部が言ってくれたから、岳人と一緒に行こうとしたら、ちょうどバイトの無い丸井くんが『それ見たかったやつ!』と、ついてきただけなんだよね。 彼女らに言ってきた『ジロくんと』を、『友達と』に置き換えてくれれば、丸井くんの彼女たちが『ジロくん』を敵視することも無かったと思うんだけど。 丸井くんが彼女と別れると、数日後に『ジロくんですか?』と待ち伏せされて『話を聞いてくれ!』と喫茶店に連れて行かれることがある。 オレとしては初対面なんだけど、彼女たちの表情ってだいたい同じだから、あー…丸井くんの元カノか、、、と一発でわかる。 丸井くんとの時間を何度も奪った『ジロくん』への文句を言ってやりたいと始まる彼女たちの台詞が徐々に丸井くんへの愚痴になっていって、中には泣いちゃう子もいて。 慰めているうちに、だんだん同情心も沸いてくることが多々。 たまに、慰めていると……自分で言うのも何だけど、オレを好きになったと告白してくる子もいる。 可愛い子もいるし、優しい子もいるし、明るくて元気な子もいれば、女の子らしい子もいる。 (丸井くんの好みって、無いんだなと実感する瞬間だよね) でも、オレにとっては丸井くんの『元カノ』でしかない。 そこから生まれる恋もあるかもしれないけど、どんなに話を聞いても『丸井くんの元彼女』の枠からは出ないんだよね。 今回の彼女も、数日後に現れてオレを待ち伏せしたりするのかな? どんな子だったっけ……会ったことある子かなぁ。 って、今、というか今日までどの子と付き合ってたんだったかな。 栗色のショートボブで小柄な小動物みたいな可愛い子……は、クリスマスを丸井くんのバイトが云々、だった子か。 長い黒髪で色白な、清楚可憐なお嬢様風のキレイな子……は、連休を男友達とキロロ(ゲレンデ)にとられた子。 バレンタインで一緒だったのは、ゆるい巻髪で目がパッチリした可愛い女子大生……だけど、ホワイトデー前に別れちゃってたか。 桜が咲く前にOLのお姉さんと別れて、桜が散る頃には見た目ギャルだけど料理上手で家庭的な同学年の子と付き合っていた。 けど、あれから数ヶ月。同じ子と付き合っているとは思えないし、あの子が丸井くんのいう『ありえねぇ』とは思えない。 見た目すっごい派手な子なんだけど、優しいし女の子らしくて、料理も上手でケーキやクッキーも焼いてくれていい子だったんだよねぇ。 オレにしては珍しく丸井くんの彼女と仲良くなっちゃって。 けど、丸井くんはオレが彼女と話すのにあまりいい顔しなくてさ。 彼女を友達に紹介するタイプじゃないんだけど、あの子は偶然にもオレと同じ大学で同じ学部だったから、構内で話しかけられたんだよね。 『もしかして、芥川くんって……ブン太のジロ君?』 なんじゃそりゃ。 すぐに丸井くんの彼女とわかったけど、丸井くんってば、オレのことどんなふうに言ってるんだか。 話すうちに派手な外見と裏腹にすんごく女の子らしくて可愛い子だなと感じた。 『丸井くんの彼女、オレと同じ学部だったよ』と、構内で会ったことを伝えたら驚いてた。 いつもはそれでも彼女について聞くと、少しは話してくれるんだけどあの子のことは全然言ってくんなくてさ。 ヤキモチ? なんて一瞬よぎったけど、今までの丸井くんの彼女遍歴を思えば、ヤキモチなんてありえないとすぐわかる。 去るものは追わないし、すがらないし、彼女が他の男に誘われても平気で『行きたきゃ行けばいいんじゃね?』で終わらせるし。 当初は構内ですれ違うと挨拶交わしたり、学食で会ったら一緒にランチしながら丸井くんの話聞いたりしてたんだけど、そういえば最近会わないな。 「ねぇ、丸井くん」 「ん?」 「別れたのって、あの子?」 「あのこ?」 「ほら、オレと同じ学部の」 「…そんなヤツ、いたか?」 「ギャルっぽいけど、料理うまくて女の子らしいー」 「あぁ、那美?とっくに別れたっつーの」 やっぱり、『ありえねぇ』は小鷹さんじゃない、か。 「……なに、ジロくん。那美が気になんのかよ」 「え?」 「珍しいじゃん。俺の元カノ気にするのって」 「そーじゃないけどさ。最近、構内で会わないから」 「…大学で会ってたのかよ」 彼女の愚痴をあーだこーだ言いながらテレビのバラエティを見ていた視線をパっとこちらへ向けた。 ……この間は何だろう。 「会ってたっていうか、構内で会えば挨拶するくらいだよ?」 「今も会ってるのか」 「いや、最近会わないなーって」 …なにこれ。 何でオレ、尋問されるっぽくなってるわけ? 丸井くんこそ去るもの追わずで、別れた元カノのことなんて気にしたことないじゃん。 「どったの?小鷹さんのこと、気になる?」 「……なわけねーじゃん」 「ふぅん」 「…なんだよ」 「べっつに〜」 「那美は止めとけよ」 「う?」 「あいつ、ジロくんの手におえるヤツじゃねぇから」 「だからぁ、そーいうんじゃないC」 「…ならいいけど」 何なの、この展開。 というか……小鷹さん、いい子だよ? >>次ページ >>目次 |