仁王の五感




仕事から帰るとリビングではパソコン3台とにらめっこしながらキーボードをたたき、よくわかんない文字と画面を追っている後姿があった。
オレにはよくわかんない小難しい……いや、だいぶ難しいことをやっている。
本人は肉体仕事は論外、社交性が必要なものも遠慮したい、毎日スーツきて出勤も微妙、一箇所に通うのは学生時代で精一杯、ようやく卒業したのに仕事もソレなんて無理。
さらに大学時代に趣味でいじってたプログラムがかなり凄いモノだったみたいで、その道の専門企業に買い取られて一発千金あて、徐々に仕事を受注するようになり、卒業したら完全なフリーランスとなった。

新人のフリーなんて愛想や営業も重要だと思ってたんだけど、評判を聞きつけた企業から次々と依頼がきて、こなしているうちに外資系(海外)からも来るようになり、仕事には困らないみたい。
ただでさえ家にいることが多いのに、依頼をたくさん受けると部屋に引きこもるからそれもどうなんだろ?って思うけどね。

かといってガムシャラに受けてこなしているわけでもなくて、気分が乗らないとどんなに頼み込まれても断っている。
いわく、バランスとタイミングが重要なんだって。

仕事してない時は何してるかって、前途の通り家にいる。
あんまり出かけないんだよね、アイツ。

一応はオフの時間のはずなんだけど、変わらずパソコンいじってるから傍から見ると仕事してんだか遊んでんだかわかんない。
それか、ひたすらこっちに構ってくる………密かに、どころかかなり邪険にしたりもするんだけど、気にせず寄ってくる。

こっちは仕事でクタクタで、とっとと寝たいんだけどアイツにとってはお構いなし。
家にずっといるから疲れないし体力有り余ってるんだって。
そんなの聞いてないC……。



「おかえり」

「ただいま〜」


ソファにかばんを置いて、シャワー直行しようとしたらこっちに近づいてくる。
あ……これは、オフモードだ。
(3台のパソコン画面を睨めっこしてたのは、仕事じゃないらしい)


「鍋にラタトゥィユ入ってるけぇ、パンにするか?」

「……パンだけでいいC」

「今回は甘めだから大丈夫なはず」

「まるごとトマト煮込みなんて、まじまじ食えねぇし」


脱いだシャツをソファに投げたら、『風呂場で脱がんか』と言いつつもそれを拾い、お風呂場までついてくる。


ついてくる。




……やっぱり、ついてくるC。




「…なに、洗濯?」

「いや、洗濯は明日の朝。ほら、脱いだヤツはちゃんとカゴにいれんしゃい」

「ハイハイ」


全部脱いでカゴに放りこみ、お風呂のドアをあけたら浴槽にはお湯が張ってあり、温度もピッタリ42度とちょい熱め。

ホント、ここまで甲斐甲斐しいなんて一緒に住むまでわかんなかった。
掃除、洗濯、料理、保険、税金、近所付き合い、エトセトラ。
スーパー主婦ってくらい完璧にこなすうえ、世のお父さんの範囲でもある税金関連、保険云々、、とこちらも全部コイツがやる。

社交性が必要なモノや営業は遠慮したい、と会社勤めを選ばなかったくせに近所付き合いはやっているから不思議。
まぁ、この若さで一軒家を建ててパートナーが同性っていうので周囲にはかなり浮いていたのは間違いないけど、幸いにも町内の皆様にはよくしてもらっている。
これもコイツの周辺への気配り、配慮、根回しの賜物なのか。

若手主婦層の人気はバッチリかつ、パートナーが男のためか旦那さん連中の嫉妬の対象にはならない。
むしろ旦那さん方には仕事や家の相談を持ちかけられることも多いみたい。
人付き合いを好まないわけじゃないし、雰囲気的に親身に相談に乗ってくれるタイプには見えないんだけど、話しているうちにイイお兄ちゃん的な、意外と面倒見のいい人ってのが伝わるみたい。

シニア層のご家庭受けもバッチリで、おばさま・おばあちゃんらの話相手になったり、おじさま・おじいちゃんたちの碁や将棋の相手をしたり。
同年代にはギャンブルの師匠とあがめられていて、競馬予想指南や麻雀、オートレース、、、と『師匠、一緒に行ってください!』と家のチャイムを押す連中もいる。
子供たちの教育上よろしくない云々は論議にあがらなかったらしく、意外なほどすんなり受け入れられたことに、リベラルな町内だなとびっくりした。

いったいいつからこの家の着工をしていて、いつ越してきて、いつ近所付き合いを始めたのかわからなかったけど。
『家を建てました』と招待されて初めて遊びにきた日に、一応はお付き合いしているとはいえ何も聞いてなかったことと、一人暮らしなのにこんなに大きな家を建てたこと。
周りは緑が多く隣のおうちまで程よい距離が保たれてプライバシーもバッチリな立地で、見晴らしもいい高台。

確かにフリーランスで収入は安定―はしてないけど、一発あてたためかかなりの資産もちなのは知ってたけど。
まさか、家を建てるなんて。



「……なんで仁王も脱いでんの」

「風呂入るけぇ」

「一緒に入る気?」


ニヤっと笑って、着ていた麻のシャツを脱いで同じくカゴに入れた。







『俺と一緒になってくれ』


新居祝いを持って遊びにきた日に、皆が帰ったあとの深夜。
お風呂を借りてサッパリしたあと、ソファでボーっとしてたら片付けを終えた仁王が今までになく真剣な表情でいきなり床に正座した。
何してんだろ……と、半分意識が飛んでて今にも寝る寸前だったんだけど、突然言われた言葉にびっくりして、跳ね起きた。


『へ…?』

『ここで、一緒に暮らして欲しい』

『あ…、えっと……』

『お前は居てくれるだけでいい』


びっくりしすぎて思わず絶句したオレに、畳み掛けるようにどんどんと条件を出してきて。


―俺の仕事は家で出来るし、料理も掃除も家のことは問題なか。
―お前の職場は少し遠くなるが、毎日駅まで車で送り迎えする。
―そばで笑っていてくれれば、それでいい。


至れり尽くせりに甘えて全部やってもらうのも正直どーなんだと言ったら、やりたくてやってるだけだから気にするなと返してきた。
なんだろう、尽くす妻?みたいな??



『ずっと、そばにいてくれ』

『芥川』

『一生のパートナーになって欲しい』



なんだか不思議な気持ちだった。


ソウイウお付き合いを始めたのは高校時代だから、かれこれ10年以上?
一緒にいるのが当たり前になって、それぞれ一人暮らしだけど互いのマンションで過ごすこともしょっちゅう。
出勤時刻は不規則とはいえ一応は会社勤めなオレと、在宅ワークな仁王は生活時間もリズムも異なっていたけど、全部こっちに合わせてくれていた。

その頃から、遊びにいけばご飯作ってくれて、お風呂用意して、シャツ洗ってくれて。
いつでもキレイな部屋で迎えてくれたし、オレんちきた時も掃除したりなんだかんだ全部やってくれていた。
小器用、というか、ド器用なんだよね。
本人がその気になれば、きっと何でもできるんだろうなってくらい器用で、はまると凝り性。
そして、世話をやくのが好きなタイプ。

世話をやかれるのが好きな―というか、誰にでも世話をやかれてしまうオレとの相性もバッチリだった。


確かにびっくりしだけど、断る理由なんて無かった。
改めてそう言われるとちょっと照れくささもあったけれどさ。
永遠に一緒だなんて考えたことも無かったけど、この先ほかの誰かといる自分も想像つかない。



きっと、これがオレたちのタイミングだったのかな。


オレだってゴミ捨てくらいできるし、確かに職場は遠くなるけど電車通勤は変わらないし、毎日送り迎えしてもらわなくても自分でいけます!

あれこれ条件だして何もしなくていいという仁王にそう返すと、正座を崩して破顔した。
珍しく緊張してたんだって。



いつでも見ていたいし、声を聞きたいし、触れたいし、感じたいし、こうやって抱き合いたい。
だから、一緒に暮らしたい。
一世一代のプロポーズだから緊張するのは当たり前だと、その後のベッドで寝転がりながら耳元で囁かれた。



その後はあれやこれやという間に、オレのマンションの解約手続きがとられ、荷物のパッケージングから引越し手続きまで全て仁王が取り仕切った。
さすがに自分の引越しだし、何もしないわけにはいかない。
けれど、その時は抱えていた仕事がかなり忙しくて、帰りは毎晩深夜で休日出勤も多々。
とても引越し準備をする余裕が無いから、もう少し落ち着いてからにしようと申し出るも却下され、結局仁王が全部やってくれた。

それまでてんやわんやだった仕事も片付いて迎えた引越し当日、てっきり業者がくると思いきや軽トラックでやってきたのは岳人だった。
手伝いとして宍戸と忍足もきてくれて、あっという間に荷物をすべて運び出してくれた。

到着した仁王の一軒家で出迎えてくれたのは樺ちゃんと鳳で、庭では幸村の指示のもと真田と切原が工具片手にDIY?
テラスに置くベンチや椅子、テーブル、プランター……とりあえず庭関連のものを作ってくれて、お花や木をセットしてくれた。

中に入ると、広くて機能的なキッチンでは丸井くんがケーキを焼いていて、跡部が用意したケータリングをテーブルに並べる日吉、滝、菊丸。
不二と白石がカトラリーやテーブルウェアを並べて、手塚と越前はソファに腰掛けながらパソコンでテニス動画を見て討論?(二人ともプロテニスプレイヤーだから)
お酒の選別は柳と柳生らしく、リビングのローテーブルには日本酒や焼酎、ワインが並んでいた。


気づけば昔からの仲間が大勢集まって、お祝いパーティをしてくれてた。
何のって……


『仁王、ジロくん、おめでとう!
俺からのプレゼントは、このウェディングケーキだぜぃ!』


確かに力作な3段ケーキは、現在プロのパティシエとして活躍中の丸井くん作。
世界大会でも優勝した腕で、先日自分の店をオープンしたばかりでかなり忙しいだろうに、わざわざ来て作ってくれた。

跡部も仕事で世界中飛び回っててあまり会えないんだけど、このことを報告したら時間を作って日本にきてくれた。
家具やらお皿やら何やら、もう一軒家が建つんじゃないかってくらい色々なお祝いとともに。
(ただ、事前にちゃんと仁王に連絡していたらしく、この家に合うセンスよい家具で揃えられたらしい)

プライベートスペースとして、2階に用意されたオレの部屋も、内装は全て仁王が行ったんだけど揃っている家具類は跡部チョイスなんだって。
寝具には相当気合いれてくれたみたいで、二人のベッドルームに置かれたキングサイズのベッドを初めて見たとき、昔の跡部ん家を思い出した。
(すんげぇ気持ちいいの)





みんな、ありがとう。





「…こら、寝るんじゃなか」

「ん…」



お湯につかりながら、これまでのアレコレを思い出しつつウトウトしてしまった。
後ろから腕をまわされてるこの状態。
一緒にお風呂入ると、いっつも後ろから抱きしめたがるからそのまま仁王の胸に背を預けてよっかかる。
ついつい寝ちゃっても、ちゃんと見ていてくれるから安心なんだよねぇ。
(一人で入ってると寝かけて溺れそうになったことがあるから、いつもはシャワーですませることが多いんだ)


「…なぁに?」

後ろから顔を寄せて鼻先を首筋に近づけ、ニオイをかいでいるのか何なのか、くすぐったい。

ベッドで肩を寄せ合い眠るとき、ソファに身を沈めてリラックスしているとき、お風呂に入っているとき。
一緒に隣り合ってると、あちこち触れてきて、唇を寄せて色んなところにキスをふらせ、―つまりはイチャイチャしたがる。


「相変わらず柔らかいニオイがする」

「やわらかい…?」

「はぁ〜ええ気持ちじゃけぇ」

「……ちょっと、どこ触ってンの」


いつの間に、肩にまわされていた両腕がとかれ、太ももにゆっくりと忍び寄る手が。
ウトウトしていながら何だけど、そろそろのぼせるからあがりたい。



「明日は休みだから、いいか?」

「お風呂あがってからにしよ?」

「ここで食べさせんしゃい」

「……オレ、おなかすいたー。先にご飯食べたい」

「ラタトゥイユ」

「トマト以外がいいんだC……っ、んんっ」


突然、顎をつかまれて後ろへくるっと振り向かされ、目の前に迫るのはご近所の奥様方が目の保養にしているらしい端整な顔。
深く合わさった唇から差し込まれた舌が口の中を動き回り、逃げようする間もなく絡みとられた。
こうなったら、後のことは想像に難くない。


いつものように、オレはきっと頭がぼーっとして抵抗も無いまま受け入れ、終わることにはクテっとなって寝ちゃうんだ。
気づけばパジャマ着せられてソファに沈んでるんだろうし、タイミングよく仁王が麦茶持ってきて飲ませてくれて、夕飯なんだよ、うん。

ラタトゥイユかぁ〜

どうにかなんないかな、これ。
きっと何だかんだで、それ以外に色々作ってくれてるんだろうけどさ。




せっせと世話やいてくれる仁王見ているのが好きだし、もっともっと気持ちよくしてあげたいからオレからも触れたい。
耳元で囁いてくる低いトーンもたまらなく気持ちよくて、抱きしめられるときに香るほのかなサンダルウッドに安心する。
オレだって、『食べたい』んだC〜。


あのね。
仁王に包まれて暮らす今、とっても幸せだよ?

調子にのるから直接言うのは中々憚られるところだけど。



いつも、ありがとう。
これからも、よろしくお願いします。





(終わり)

>>目次

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前の二人とはまた異なる五感話になりましたーって、普通の短編みたいですが。
高校生丸井、大学生切原、そして社会人仁王、ということで。
におくんはパソコン一つでどこでも出来る仕事。
ジロくんはデザイン事務所、一応会社勤めにします。
結局におくんがかいがいしく世話をやいて、毎日送り迎えしてるんです。
お弁当も作るんです。におくんはやってあげたいから、自主的にやっているだけなんです。



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