仁王の決意1



練習を終えてそそくさと着替え、足早に部室を後にする。
特にこれといって用事があるわけではなく、普段はチームメートの誰かとともに下校していることを考えると、一人で先に出る今日のような日は珍しいのかもしれない。
だが、ここ最近の恒例とでもいおうか――なんとなく、他の連中には見られたくないし、邪魔されたくないので気づかれないように先に部室をフェードアウトするのはしょうがない。
一部の部員には気づかれているだろうけれど。



「ぐぉー、ぐぉー」

「…今日は中庭か」


彼がいそうな所、としてテニスコート付近の芝生、学食裏の巨木の根元、それでもいなければ学校付近の公園か、よくいく公営テニスコート。
校内にいなければ探すのに一苦労するところだが、幸い近くにいたようだ。


「ほら、起きんしゃい」

「んん…」


肩を強くゆすり――小さい刺激くらいでは起きないため―、上半身を起こした彼の金髪のあちこちに乗っかっている葉っぱを落としてやる。


「……ん…におう」

「こんなところで寝るんじゃなか」


週一か10日に一度の割合で、立海のテニスコートに姿を現してはや2年。
もはや立海テニス部員にも知れ渡っている彼の「偵察」は、部長や顧問も公認のものだ。
(注:実質「偵察」ではないところもレギュラー全員は把握している)


「…終わった?」

「ああ」

「まるいくんは?」

「ブン太はとっくに帰った」

「うっそ〜!?えぇー、またどっか食いに行っちゃったの?」

「赤也とジャッカルのところ」

「ラーメンかぁ」


氷帝ボレーヤーの恒例行事・立海『偵察』の日は、練習が終わるまで見学したのちに目当ての立海ボレーヤーとともに遊ぶのが毎回のパターン。
ただ、ここ最近、何故かわからないがすれ違い勘違いが生じ、『大好きな丸井くん』と合流できないことが多々ある。
特に約束しているわけではないので、彼が先に帰ってしまうことに『何故か』なんて聞けるわけもなく。
たいがい練習を終えて部室に引き上げる彼らを見送り、近場で寝転がったり時間をつぶしならが丸井からメールがくるのを待つ。
着替えて出てきた彼と落ちあい、それこそ一緒にファーストフードや、らーめん桑原や、牛丼屋へ行ったりなんだりで遊んでいたのだが…。

フェンス越しにかかる声援で見学しにきていることを知ると、必ず練習後部室を出るくらいのタイミングでメールがくるので会えないことは無かったのだが、ここ2ヶ月くらい毎回……というわけではないが、メールがこないときもあった。(本日も同じく)


ただ、若干気まぐれな彼は、目先に何かあるとそちらに興味や注意を惹かれたりで放置されることもあるので、芥川が見学に来ていることを知っていても連絡をいれないことは十二分に考えられる。


「どうする?」

「…しょうがないC。帰る」

「打つか?」

「え、まじまじ?」

「この前と同じコートでええか?」

「うん!」


置いていかれた時に限って、こうして丸井のチームメートである銀髪の彼が何故か起こしてくれて、誘ってくれる。
厳しくハードな練習を終えたばかりなのでヘトヘトに疲れているに違いないし、こうして誘われても体を休めたほうがいいと言うべきなのだろう。
ただ、芥川としては部活オフだったのでまったく体を動かしていないし、強いプレーヤーとテニスをするのは何よりも楽しいこと。
当初は体を酷使した後なのに大丈夫かと気にかけたりもしたが、本人が『どうってことなか』と言い切るし、すたすたと公営コートへ歩いていってしまうのでじきに遠慮しなくなった。


「えへへ、見学してたら打ちたくなっちゃった」

「練習に参加すればいい」

「無理でしょ〜」

「練習試合の時なら特に歓迎されるから、今度幸村に聞いてみんしゃい」


曲がりなりにも強豪・氷帝No2だ。
普段打たない相手、さらに強いプレイヤーとなるといい緊張感も生まれるだろうし、立海とはいえ準レギュラーでは多分かなわないだろう。
公式試合では中々出番の少ない準レギュラーにはいい練習になる。
ただ、中等部時代のJr選抜後くらいから、それまでより幾分真面目に練習に取り組むようになった氷帝No2は、高等部に進学し1年もたつとめきめき上達していき、立海レギュラーとはいえうかうかしていられないくらいは実力のある、全国区のプレイヤーに成長した。
(かといって練習オフの日に自主練習にあてる−のではなく、立海見学に来るのは中等部の頃から変わらない)


「なかなかウチと練習試合やんないもんねー」


隣県の強豪校同士だが、なかなかどうして練習試合の相手にはならない。
合同合宿や大会の時はともかく、それ以外の試合となると互いに申し込むことはなく、専ら他の高校との練習試合が組まれる。
立海は全国優勝校として、練習試合を申し込まれることが圧倒的に多い。
そして、氷帝も申し込まれる方が多いのだが、そこから選別せずめぼしい他校に申し込む事も多々。
(全ては部長の一存で決まるらしい。同じ都内かつ、そう遠くもない青春学園とはよく行っているようだが)


「じゃ、やろっか。サーブあげる」

「ええんか?サーブ&ボレーは」

「最近はストローク強化!」


中等部の頃は、サーブ&ダッシュでつめて、ネット際のプレーを好んでいた。
それで強かったし、本人もネットプレーが好きだし憧れの選手もボレーヤーで、よりいっそうボレー技術を磨くために練習にはげんでいた。
だが、それが通じない相手とも数多く対戦した。
本気でテニス頑張ろうと決めて励んでいる高等部の部活では、強烈なショットとストローク、粘るテニスでも力をつけてきている。


「ナダルの強烈なフォア、受けてみてぇ〜」

「『打ってみたい』じゃないんかい」

「ちょー強かったじゃん、全仏!まじまじ、準決勝面白かった」

「まぁ、そうじゃの」

「ということで、ナダルみたいなパッシングショットの練習をします」

「普段打たれてるからかの」

「うるさいC」


ボレーヤーの横を抜くパッシングショット……は、芥川本人も過去の試合で強い対戦相手に決められてきた。
中でも青学の不二選手と、四天宝寺の白石選手は、際どいところにズバっと決めてきて、芥川にとってなかなかにプレー面では苦手なタイプ…だが、彼らと対戦するのは大好きなので、機会があればいつでも対戦したいらしい。


「ということは、俺に前に出ろ、と?」

「仁王はボレーの練習すればいーんじゃん」

「……ま、好きにしんしゃい」


サーブしたら前に出てきてね、と可愛らしく告げる相手に多少ため息つきつつも、いうとおりにしてやるかとコートへ向かう。
(展開が読めているのだから、そうやすやすと決めさせるわけないのだろうけど)


ついこの間まではチームメイトの丸井とともに『一生サーブ&ボレーヤー宣言』なるものをしていた彼だったが、何に影響されたのか『ナダルのストローク』とは。
…まぁ、終えたばかりの四大大会のひとつ、クレーコート王者の圧倒的強さに魅了されたに違いない。

それに1ヶ月くらい前は『フェデラーのツイストサーブ』の練習だの、『フェデラーのボレー』だの、彼のアイドルは最強のオールラウンダーではなかったか。
(身近にキングという、ある意味最強のオールラウンダーがいるといえばいるのだが)


ウォームアップと称してラリーを始めて数分。
十分あったまったらしい芥川のOKがでたため、仁王のサービスでゲーム開始となった。





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