ブン太の目覚め



弟たちを寝かしつけ部屋へ戻ると、ベッドの隣に敷かれた布団……ではなく、ベッドの上に丸まり寝転がっている友達の姿。
ほんの十数分前までは床に寝そべりながら漫画本を読んでいたはずなのに、戻ってみたらこれだ。


「おーい、ジロくん」


呼びかけても金色の彼が気づくはずもなく。


「ベッドでねーるーなー!」


せっかくお客さん用の布団を出してもらい、彼の入浴中にせっせと用意したというのに。
なぜにそこではなく、自分が毎日寝起きしているベッドで寝ているのか。
頬を弱めにペシッと叩いてみても、むぎゅっと抓ってみても、反応なし。


「ん…」


唯一、枕元においてある漫画本で頭を軽く叩いてみたら、眉を寄せた…が起きる気配なし。


「ったく、しょうがねぇなぁ」


抓っても叩いても起きない時は、本気で寝ている証となると、今夜は自分が客用布団で就寝か。
『これ最高に気持ちいいんだよー!』と以前プレゼントされた羊の抱き枕は、プレゼントした張本人がしっかりと両腕で抱きしめ、顔をうずめてすやすやしている。

寝具類には人一倍こだわりがある…といっていいのか、肌触りのいいシーツ、低反発枕、どこぞの羽毛布団がいい、パジャマ。
気持ちよく寝るためのパーツあれこれは、周りが感心するくらいよく知っているのが、現在熟睡中のこの友達なのだが。
確かに彼のおすすめな抱き枕は、ふわふわしていてさわり心地もよく、ついつい毎晩抱きついて寝てしまうことは誰にも内緒!
弟らに取られてしまうこともあるのだけれど。


ベッドは譲ろう。
もう仕方ない。


熟睡したこの友人を起こすのは、中々至難の技である。
なんせ寝ているところを、俵のようにひょいと持ち上げられても、びくともしないくらいだ。

だが、ヒツジちゃんまでは譲れないのであって。



「ほら、よーこーせ」

「…んあ」



ヒツジちゃんをゆっくりと引っ張ってみると、抱きついているヤツまで一緒になってついてくる。


「ったく」


そーっと彼の腕をはずして、救出作戦!とばかりに奮闘すること数分。


「…ムニャムニャ」

「ん?起きたか?」

「Zzz…」

「だめか」


眉を寄せて何だか悩ましげな表情を浮かべているが、起きたわけではないらしい。
ようやく外れた腕から、愛しのヒツジちゃんを救出し、己の寝床となる布団に放り投げた。


「じゃ、おやすー」


電気を消して、彼にならい就寝しようとしたら、急に腕をひっぱられー


「…っ!」


ベッドの中へ、引きずり込まれた。




(おおい…)


寝ぼけているらしい彼の胸元に、顔がぎゅっと押しつけられ、両腕で頭を抱えられる。
咄嗟に逃れようとしたが、存外強い力でホールドされているため、抜け出すには本気で力を入れないと難しそうだ。


「おい、ジロくー」




その瞬間、息が止まった。





いまだかつて、彼の顔をこんなに近くでみたことがあっただろうか。






日々部活で外にでているのは同じはずなのに、ニキビや吹き出物ひとつないまっさらできめ細やかな肌。
いつもは「すっげぇ!」とはしゃぐおおきな目も、今は閉じていて……縁取られたまつげはこんなに長かったか。


香水系ではない、ふんわりとイイニオイが鼻腔をくすぐりーって、風呂上がりのためだと思いたい。
ほのかに香るのはシャンプーか、はたまたボディーソープ?
砂糖菓子みたいな可愛らしい女の子ならともかく、日々スポーツに勤しむ男子高校生から香るニオイだとは到底思えない………が、周りが納得しそうな『可愛らしい』オトコノコなら違和感無
いのか。


(あ…なんだろ、このニオイ)


彼の胸に埋めている(強制的に、だが)顔を少しずらし、鎖骨のあたりまで移動してみる。
抱えられている腕の力は強いものだけど、少し力を入れればなんてことなく動ける。
くんくんとニオイをかいでみると、髪の毛ーではなく、肌から果物のような甘い香りが漂った気がした。


うちのボディソープ、そんなニオイだったっけ?


同じものを使っているはずの自分の肌は、そんな香りはしない。
かといって、彼が香水を好まないことは知っているから、、、、ではこの香りは彼本人のーって、そんなバカな。


「ん…っ」


無意識に丸井を抱きしめている芥川は、腕の中でモゾモゾ動かれたためか眉を寄せて、吐息を零した―――のだが。



(…っ、ちょっと待て、俺。

おいおい……なんで俺、こんなに心臓ばくばくいってんだ。
ジロくんの顔、すんごく近いし、密着してて、唇が半開きでちょっと舌が見えて、、赤い……)



!!



(な、な、なーっ)



覚えのある感覚……下半身に集中するこの熱さ。
いったいいつ、どのタイミングで、というかなんで!?


(なんでこんなになっちゃってんだ…)


ええい、静まれ…!!


…なんて願いもむなしく、どんどん主張してくる己をコントロールできず、ぎゅっと抱きしめられるとさらにドキドキして、下半身もー



(なんだよ、俺、まさか、ジロくんに?!)


とっかえひっかえ変わる彼女に、チームメイトや後輩から『節操なし』なんて呆れられたりもしたけれど、、、



そんなまさか。
まさかまさか。



いくら自分を慕ってくれて、いつもいつも目をキラキラさせて『すっげぇ!』って褒めてくれて。
太陽のような笑顔と、綿菓子みたいなふわっふわした可愛らしい……けれどれっきとした男、なこの友人に。
確かに友達として好きだと思ってるし、気があうし、しょっちゅう遊ぶし、泊まりにきたり泊まりにいくのも毎度のことだけれど。

いまのこの状況のように一緒のベッドに入るのはいままで無かったけど、それでも自分は女の子が大好きで。
そりゃ、最近はご無沙汰だったけれど……それでも、オトコ相手にこんなになったことなんて、無い。
ていうか、ありえない!!


(落ち着け、落ち着け。冷静に……とりあえず抜け出す)



しっかりと抱きしめている彼の腕を、ひとつずつ解いて緩め、そろそとっと抜け出した。
起こさないように(といっても起きないのだが)ベッドを降りて、布団に投げ飛ばしたヒツジちゃんを掴み、ぽっかり空いた彼の腕に再び収めた。



(………)



ドクドク不規則に動く鼓動を、落ち着け、落ち着け、冷静になれ、と静めさせる。
先ほどまで脈々と波打っていた中心……の熱が収まったわけではないけれど、それでも抱きしめられたときの強烈な刺激はどこか穏やかになった。

が、一度高まってしまったモノは、解放してやらないともとに戻るワケもなくて。



風呂は入ったばかりだし、トイレにでも行くか。。しかし。
この熱、、、、シャワーで冷水でも浴びたほうがいいのか。



チラっとベッドに視線を投げると、こちらの様子などおかまいなしに、スヤスヤ気持ちよく寝ている姿。


(ったく…)



お前のおかげで何だかよくわからない感情でモヤモヤしているというのに!


腹いせとばかりに、ぷくぷくしたほっぺたをツンツンつついて、さらにギュっとつねってやろうとすると、邪魔だとばかりに数センチ動いてー



(―っ!!)


先ほどまで彼の頬をつついてた指が、ふっくらした赤い唇に触れる。
半開きの唇から、桃色の舌がのぞいていて。
無意識のうちに少し力を入れると、―――柔らかい唇の弾力を、直に感じてしまって。


(って、俺!何やってんだ…っ)



やばい気がする。



うっすらと何かに気づきそうな自分に蓋をして、そそくさと風呂場へ向かった。
この展開はまずい。
ただ、溜まってただけだ。
そうに違いない。
最近ご無沙汰だったから、ついつい勃っちゃっただけだ。
決して、男相手にその気になったわけじゃない。ましてや相手は親友。

冷静になるよう、元に戻るよう祈り、温度を極限まで下げて冷水を浴びた。



大丈夫。
布団ひっかぶって一晩寝れば、明日にはいつもの『丸井くん』に戻っているはずだ。
一時の気の迷いに違いない。


(俺、そんなに節操なかったのかよ…)


こんなこと、オンナノコの話や、アッチ関係の話で盛り上がるチームメートに言えるわけがない。
きっと彼らは盛大に呆れ、節操なしと罵り、哀れんだ目で見るに違いない。

そして、なんとしても絶対に彼にバレるわけにはいかない。
バレた時の反応を思い浮かべることすらできない。
こわすぎる。
いつものように笑って、他の友人らのように『バカだな〜』と笑ってくれればいい。
でも、もしそうじゃなかったら………やっぱり恐すぎる。

どうしよう、どうしよう。






ジロくんに、欲情しただなんて―――




言葉に出してしまうと、気づいてはいけない感情を呼び起こしてしまいそうになる。

あくまで『節操ない自分』を責め、呆れるにとどめておくことにして、熱がさめるまで冷たいシャワーに打たれ続けた。









翌朝。



「へっくしゅ!」

「まるいくん、カゼ?だいじょうぶ?」

「…あぁ?いや、へーきへーき」

「最近急に暑くなったもんね」



気をつけてねと朗らかに笑う彼から、…………目が逸らせない。

彼の笑顔は見慣れたもののはず。



(なんだよ……なんだよ、どうしたんだよ、俺)



どうしてこんなに心臓がばくばくいってるのか。
太陽の光できらきら輝く、ふわふわの彼の髪に、――なぜ、手を伸ばしたくなってしまうのか。



一時の気の迷いなはずだ。
ただ、昨晩を思い出して気まずいだけ……のはずだ。



「じゃあ、バイバイ!」

「おう、またな。気ィつけて帰れよー」




地元の駅で、都内に戻る彼に別れを告げ、足早に自宅へ戻った。
自室に戻るべくかけあがった階段の途中で、歩みが止まる。

このまま部屋に戻れば……何かを思い出すかもしれない。



……。



あと少しで階段を終えるところだったが、そのままくるりと体をまわし玄関へ戻る。
靴箱の隣に立てかけておいたテニスバッグを背負い、シューズを履いて家を飛び出し、馴染みの公営コートへ向かった。

普段は部活でヘトヘトになるまで体を酷使するため、練習のないオフの日はリフレッシュと決めていてそんなに運動はしない。
だが。

猛烈に体を動かしたくなった。
何も考えられないくらい、いつもの平日のように、ヘトヘトになりたくて。
思いっきりラケットをふりボールを打ちたくてたまらない。

願わくは、コートに誰か相手がいますように。
できれば自分と同等か、それ以上のプレイヤーならありがたい。

一人で壁相手にやるのもいいけど、それ以上に思いっきり打ち合いたい。



じっとしていると侵食してくる『気づきたくない感情』を吹き飛ばすべく、着いたらすぐにコートに入れるようにウォームアップ。
……にしてはスピードを出しすぎなくらい、コートまでの道を猛ダッシュで走っていった。








(終わり)  >>目次

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いったいいつから書いていた話なのか。
普段はPCで書いてるんですが、ランチ中コーヒー屋さんで休憩しつつもちまちまとタブレットで書き進めていたお話です。
やっとできたー、が、間を置いて書いていたので、当初どういう話にしようとしていたのか……

このあと、丸井くんはどうなっちゃうんでしょうね……>書かないのか





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