切ジロ台北編*赤也、故宮へ行く。
土日と祝日をからめて3泊4日の海外旅行に旅立った二人。
主に観光がメインだけど、ついでに現在美術のレポートを書く!と意気込んだ年下の恋人のリクエストで、この国髄一らしい、博物館にきて早1時間。
あまりそういう趣味は無いようで、駆け足で展示を見ている切原赤也。
じゃあなんで現代美術をとったんだ、と周りは思ったらしいが、本人としては恋人の趣味に少しでも触れていたいという健気な心意気のようで。
彼の年上の恋人は、現在美大に通っていて日々制作に勤しんでいるのだから。
「ねぇねぇ、2階いきましょ?メインは上っスよね」
「赤也…まだ、全然1階の展示、見てないしぃ」
「十分見たっス」
慈郎としてはせっかくきた異国の博物館。
ゆっくり見たい気持ちはあるのだけれど…
「先に行ってていーよ。オレ、もうちょっと1階展示まわってくから」
「えぇ〜?」
途端、つまらなそうにプープー言い出す彼に、ヤレヤレと軽くため息が出てしまう……のもしょうがない。
「行かないの?赤也」
「……一緒にまわる。慈郎さんが見終わるの、待ちます」
美術館、博物館等の展示物は自分のペースで見るのが一番だし、何なら時間決めて入り口集合!と解散してもいいくらいだ。
ただ、せっかく二人っきりでの海外旅行。なるべくならずっと一緒にいたい、、、との乙女心が発動しているらしく。
(切原は対ジローに関しては、乙女になるのです)
「う〜ん」
「……何スか」
慈郎としては切原の課題のための博物館見学のため、出来るなら彼に自由にしてほしい。
ついでにちゃっかり、自分もじっくり見れるかな〜くらいの気持ちなので、当の本人が興味ないブースでも慈郎と一緒にいる、と横についているのも、何だかヘンな気がして。
「上、行きたいんでしょ?」
「…行きたいけど、まだ1階見るんスよね?」
「う〜ん」
さて、どうしようか。
元より興味の無い分野っぽいし、早くも飽きだしているみたいだし。
彼のためにはササっと見て、早く市内に戻ったほうがいいのだろうか?
でも、これまたやっぱり、彼のためにはポイント押さえてレポートがちゃんと書けるように、ある程度メインどころを重点的に見回ったほうがいいのかも?
「レポート、書けるの?」
「へ?」
「博物館レポート書くんでしょ。ちゃんと見なくていーの?」
「2階の展示が目玉っつーから、それで書く」
「う〜ん」
果たして博物館レポートの内容が、メイン展示物のみでいいのだろうか?
(ちなみにこの博物館のメイン展示は2品である)
「博物館レポートだけど、そんなにカッチリしてなくていいんス」
「あ、割と自由?」
「うん。去年、仁王先輩が同じ授業でレポート出したとき、ココので出したんですけど」
「におくんも故宮来たんだ」
「仁王先輩がすすめてくれたんです」
いわく、一学年上の先輩が昨年選択したカリキュラムでの「博物館レポート」に、ここ台北の故宮博物館をテーマに出したようで。
(たまたま台北旅行をしたのでついでらしいが)
その際に、博物館のメイン展示についてのレポートをまとめあげ、教授を笑わせて優を取ったらしい。
「笑わせて?」
「基準が面白いかどうからしいんスよね」
「どんなレポートなのさ」
「『白菜のクリーム煮』と翡翠の白菜について書いたって」
「翡翠…って、上の?」
故宮で最も有名なものといえば、翡翠でできた彫刻である。
割かし自由な現代美術の博物館レポートで、件の先輩は食材をモチーフにしたこちらの翡翠の彫刻と、その食材を使った料理とをうまく(面白おかしく)ミックスさせ、読み物としても十分楽しめるレポートに仕上げたそうだ。
中でも教授の好物が「白菜のクリーム煮」ということも拍車をかけ……いや、もとから調査済みだったのか。
「どんなレポートなんだよ、それ」
「立海の現代美術のweb上で読めるッス。去年一番のレポートっつーことで教授が公開してますから」
「わぉ。におくん、嫌がりそうだね」
「最初嫌がってましたけどね。つーかあの内容、あの変人教授じゃなきゃありえねぇっつーか」
先輩に倣いーではないが、せっかくすすめられた授業かつ恋人の趣味にもぴったりはまる教科なワケなので、と選択。
さらに、台北旅行へ行くと告げれば『故宮で博物館レポートやりんしゃい』と渡された、いわば『見本』ともいえる昨年度最も評価を受けた同授業のレポート原本(もういらないらしい)。
読めば、確かに面白い内容で、つい『白菜のクリーム煮』が食べたくなるし、故宮の目玉・翠玉白菜もみたくなるというもの。
ということで、3泊4日の旅程中、半日を利用してこちらの故宮博物院を訪れた。
切原としては仁王とまったく一緒な白菜だとどうかと思ったが、例の先輩は『故宮にはもう一つ、目玉があるぜよ』というので、じゃあそっち、と。
「俺、肉で書こうかと」
「『肉形石』だっけ。角煮みたいなヤツ。あ、まさかー」
「『肉形石と角煮』で」
「……あ、そう」
まったく一緒な白菜だと云々どころか、それじゃまったく一緒ではないか、と喉まででかかったが切原本人は本気っぽいので黙っておくことにした。
白菜ならまだ料理の幅もありそうだが、『角煮』からの料理というと、思いつかない…ので、角煮なのだろう。
東坡肉(トンポーロー)?
いやいや、アレこそ角煮そのものだ。
「てことは、今日の夕飯って」
「極○軒ってとこ、おすすめされたんで」
「トンポーローか…」
「上海料理の店だから、他にも色々あるって」
なるほど。
切原の目的は端っからメイン展示のひとつ・肉にしか無かったのか。
(それならここまで来なくても、ネットなり写真なり何なりでチェックできそうなものなのだが、そこにはこだわりがあるらしく、本物を見て『肉形石と角煮』を仕上げたいようで)
「じゃ、上いこっか」
「え?」
しょーがない。
ゆっくり見たかった気もするけど、ココは切原のためにきた博物館だし、3泊4日の旅程の中で、行きたいところは他にいくつもある。
普段自分が制作している美術系のものとは異なるので、いい刺激にもなるけれど、慈郎としては彼が退屈そうにしているなら早く次に移動してあげるほうがいいかな?
(これだから周りから、慈郎は切原に甘いのだと散々言われるのだが)
「早くメイン見て、市内に戻ろっか」
「慈郎さん、まだ見たいんでしょ?」
「ううん、大丈夫」
「でも…」
「旅程も短いからさ、赤也がレポート書ける分だけ見れればオッケーだよ」
「せっかく故宮まで来たのに、いいんスか?」
「う〜ん、そうだねぇ。まぁ、いいかな」
じっと見つめれば、にっこり笑顔で見つめ返される。
その視線に偽りは感じないし、本心は隠してる……ようには見えない。
ちなみに芥川慈郎という年上の恋人は、いたく気持ちを隠すのがうまいので、切原が把握できないままずるずる進む…ことがよくある。
だが、本当に嫌なことはイヤだときっぱり言うので、余程のことがない限りはケンカもしないしねじれることもない。
(というか1つ違いなだけなのに、小柄な彼がやけに大人びているためケンカにならないのだが)
「…ほんとに、いいんスね?」
「うん、いいよ。上いこ?」
「はい!」
にっこり笑顔なときは、切原がどう言っても「いいよ」で譲らないので、こういうときは素直に、自分のやりたいようすることにしている。
「じゃ、上いきましょ」
「うん」
平日だからか、人もあまりいないのでーということで、可愛い笑顔を浮かべる恋人の手をとり、ともに階段をあがっていく。
目当ての展示室に入ると、黒で統一された空間に、ほのかなあかり、そして。
「くっ…やべ、これ、マジで肉!!」
「こら、ちゃんと見なよ?」
「あっはっは!!」
「ほんと、芸が細かいね、この角煮」
「すっげぇ〜食えそう、これ!」
「オレ、白菜見てくるC」
「ははっ、いいレポートになるな。つか小せぇ!」
「あ、白菜も小さい」
その後。
慈郎は翡翠の彫刻の細やかさと美しい色合いに、純粋に感心したのだが。
年下の恋人はというと。
意外な小ささと、色合い・形がまさに角煮!と大層面白がり、ひとしきり笑ってなにやらメモをとっていた。
ちゃんとしたレポートになるのか謎なところだが…
台北市内中心部に戻り、訪れた上海料理のレストランは、どの料理もたいそう美味しかったらしい。
(終わり)
>>目次
***************故宮の白菜と肉に大爆笑したのはワテクシとツレです。
いやぁ、だって。
白菜の意外なミニチュアサイズ&大きな翡翠で何を作ろうか、って白菜作るんだ!
と純粋に驚き、というか。 >え。
展示が2階にあるかは覚えておりませんが、上の階にあったような。そして最初は白菜通り過ぎちゃったような(そんくらい小さいんだ)
丸井くんの場合はジロくん置いてでも自分が見たいものをぐいぐい行っちゃって、赤也はジローさんを気にしつつでも自分の好きなようにはできず、ジロに気づいてもらって、
におくんはうまい具合にジロちゃんが見たいものをスマートにまわってくれる。
そんなイメージです。
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