『オレも丸井くん、大好き』 あんまりにも純粋な瞳で、ストレートな言葉をぶつけてくる君に、一瞬言葉が詰まった。 僕の想いは紛れも無く恋で、君が答える前に告白した気持ちは正真正銘、真実のもの。 けど、こんなに早く反応が来るとは思わなかったし、君の『大好き』はいつものことだから、僕の真剣な気持ちに対する言葉なのかどうかがわかりかねた。 そんな、春の日のこと。 ・ ・ ・ ―なんつって。 「おーい、どったの?」 「…ん?」 「桜餅。持ったままボーっとしちゃってさ。せっかく丸井くん食べたがってた期間限定のヤツっしょ」 「おー」 手元の和菓子にチラっと視線を移して、この季節だけ販売している青春台の老舗菓子店の人気商品を一口。 目の前でふんわり笑う大切な人が買ってくれた桜餅は、餡の上品な甘さとふんわり香る春の云々……はともかく、オレにとってはシアワセの味がして、ついつい気持ちが温かくなる。 数ヶ月間に及ぶ自分勝手な『待ち合わせは一時間以上遅刻』を経て、今までゴメン!と頭を下げて謝罪。そして勢い―といっていいのか、告白なんぞをかました途端、頭に冷水をかぶったようにヒヤっとして冷静になり、一体自分は何をやっているのかと後悔をしそうになった次の瞬間、今までで一番の明るく弾んだ声色で返事を貰った。 『…ジロくん、わかってんのか?』 『うん?なに?』 『好きだって、言ってんだぞ?』 『うん。オレ、丸井くん、スキ』 『いや、あのなぁ』 頭にハテナマークを浮かべてきょとんと見上げてくるジロくんの表情はカワイイのだけど、そうではない、そうではなくて。 本当にわかっているのか?好きというのは友達だからということじゃなくて― そこから怒涛の勢いで言葉を並べて友情と恋愛の違いを懇々と説明しだしたオレと、わかっているのかいないのか、一つずつ聞きながらうん、うん、と頷くジロくんとのやり取りは5分ほどに及んだだろうか。真っ直ぐな眼差しで告げられる『大好き』をどこか信じられない、というかあまりにも『丸井くんスキスキ』光線がいつも出ているためか『憧れ』や『ファン心理』のようなものと同じで、オレの気持ちとは別ジャンルのものなのでは…? そう訝しむ思考を一瞬でシャットアウトさせたジロくんの行動。 う〜ん、予想外すぎる。 ―チュッ 『な、おまっ、えぇ!?』 『えへへ、こういうコトっしょ?丸井くん、大好き!』 『す、す、好き?!……あ、ほ、本当??』 頬に感じた熱。 バネ付の遊具から飛び降りて、がばっと抱きつかれ………るのは普段もよくあることなのでさほど驚かない。スキンシップが好きなのだろう、ジロくんは近しい人への触れあいは躊躇せず行うタイプだ。 だとしても、ほっぺにチューはさすがにない。 これはっ… 『両想いだC〜』 『お、おお〜』 間抜けな声が響いた青春台第二公園。……周りに人がいなくて心底良かった。 こんなに上手くいくものなのだろうかと思ったし、次はどうすりゃいいんだと迷うこともあるけれど、とりあえずは今の『好き』という気持ちを大事にしようと思う。本能の趣くまま、考え無しに行動してる、……というのも何だけど、後先考えずってのは高校生の勢いってことにしてもらおう。もちろん『若気の至り』にするつもりはないし、真剣な気持ちは貫ける限りは貫くつもり。 ジロくんの保護者連中に殴られそうではあるけれど。 宍戸、向日、忍足、跡部……跡部はまずいな、ぶん殴られるだけじゃ済まない気がする。アイツのジロくんへの保護者っぷりは度を逸しているし。 中学時代ならタコ殴りだな……アイツがイギリスに行っててよかった。跡部なら知った途端にイギリスから飛んで来そうではあるけど。 こりゃもう認めてもらうしかない。 跡部が文句つけられないくらい、一人前のイイ男にでもなるっきゃねーな。 将来は菓子職人になるつもりだし、夢は自分の店をもって好きな洋菓子を生み出していくこと。そのつもりで高校卒業後のプランを練ってはいる。正直、コンクール系にはさほど興味ないし修行した先についてくる称号だと思ってるから、ソレ目指すってのはオレの将来設計には無いんだけど、誰からの目にも明らかでわかりやすい、ということならコンクールで優勝するのが一番早いのかもしれない。自分の店を出すより早く取れるだろうしな!(オレならな)。 跡部が認めざるをえないコンクール……ま、世界一のパティシエになれば、アイツも文句言わねーだろ。 無責任と言われるかもしれないけど、ジロくんとの先のことなんてあまり考えてない。でも、パティシエになる自分の姿は思い描けているし、大人になってもきっと近くにジロくんがいるんだろうなという漠然としたイメージだけはある。オレの作る料理、お菓子でいつでも一番のヒントをくれるのはジロくんの感想だから、それはこれからもずっと続くのだろうし、続けていきたい。 「…これからもよろしくお願いしマス」 「うん?どしたの」 「いや、一応……なんつーか、お付き合いを」 「あ〜、コイビトどーしとして?」 「!!」 (良かった。ジロくん、ちゃんとわかってる) 「よろしくおねがいします!」 「おう」 4月某日、桜満開の青春台第二公園。 人生ってどう転ぶかわからない。 数年前の出会いからは、まさかこうなるとは思いもよらなかったけど、学校でお菓子くれる女の子たちの誰よりも、オレにとってはジロくんが可愛く思えるから、こうなったんだな。 ま、なるようになれ! …不二に結果報告しておくか、一応。 (終わり) >>目次 |