ぼくを掴んで離さない
「寂しいのは、僕。君がいないと眠れない」
「紘…」
僕は横になった体を起こしてため息をついていた。
彼女が新撰組につけられていたからと薩摩藩邸に一晩逗留させるとの知らせが入ったのは夕刻だった。
迎えに行くと言った僕を龍馬が彼女に危険が及ぶからと押し止めて、今こうして布団に入っているわけだが。
隣の部屋から生活音がしない。彼女がいないだけで寺田屋は、火が消えてしまったようだ。
「ん?」
玄関先から話し声のようなものが聞こえた。まさかとは思うが、襲撃か。
僕は刀を掴み、息を殺して部屋を出る。玄関が見える位置まで移動して、伺うと、そこには。
―紘。
見たところ、外にいる誰かと話しているようだ。
「ごめんなさい半次郎さん、わがまま言って送ってもらっちゃって」
「いえ、おいに謝ることはありゃあせん」
「じゃあ、ありがとうございました」
どうやら話している相手は薩摩の半次郎らしかった。刀をその場に置いて、歩み出る。
「紘」
名前を読んだ途端に弾かれたようにこちらを振り向いた。
目をぱちくりと見開いている。
「…武市さん」
「半次郎殿もご一緒か」
「夜分遅くにすみませんなぁ武市殿」
「いや、彼女を送ってくれたこと僕からも礼を言う。すまなかった」
「そんな、もったいなかです。おいにそのようなことは必要ないです」
「いや、本当に助かった」
「もったいなかです、武市殿。ほいだらおいは帰ります」
「ああ、ありがとう」
「半次郎さん、ありがとうございました!おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げて去っていく背中を見送って、僕は戸を閉める。
「あ、あの武市さんごめんなさいこんな夜遅くに帰ってきて…起こしちゃって。でも私、どうしても武市さんに会いたく―!」
彼女の話が終わる前に、僕は思い切り抱きしめていた。
「…気にしなくていい、眠ってなどいなかった」
「え…」
「君がいないと眠れない。寂しくてどうにかなりそうだった」
「武市、さん…」
少し体を離して言い聞かせるみたいに話す。
僕の名前を読んだその唇を、人差し指で遮る。
「責任、取ってくれるよね?」
言うが早いか、彼女の唇を奪う。
外の寒さで冷えていた唇が僕のと同じ温度になっていく。
「…今日は離さないよ、紘」
「僕の隣で眠って」
ぎゅうと彼女を抱きしめて、告げる。
怖ず怖ずと背中に回った手に、僕はまた彼女を離す機会を失った。
ぼくを掴んで離さない
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