髪結い



「武市さーん」

襖からひょこっと紘さんが顔を覗かせる。

「ふっ、どうしたんだい?」

「あの、武市さんにお願いがあるんですけど、いいですか?」

「とりあえず聞こう。入っておいで」

「はい」

紘さんは後ろ手に何かを隠しながら襖を閉め、僕の前に正座する。

「それで、お願いと言うのは?」

「あっあの、武市さんの髪を梳かしたいんです」

「…僕の、髪を?それはまた何故」

「実はさっきお登勢さんからこれをいただいて」

紘さんは後ろ手に隠していたものを僕に差し出す。掌に乗っていたのは柘の櫛だった。

「ああ、柘の櫛だね。いい品だ」

「はい、私髪長いからってお登勢さんが買ってきてくれてさっき使ったんですけど、髪がさらさらになって。それですごく嬉しかったので他の人にも使って欲しいなって」

「それで僕に?」

「はい!武市さん髪長いし綺麗だし」

少し興奮したように言う紘さんに思わずふっと笑ってしまう。ころころと表情が変わって何と言うか…可愛らしい

「じゃあお願いしよう」

「ほんとですか!」
「ああ」

髪を結わいている紐を解くと、じゃあ失礼しますと言いながら僕の後ろに回り込んだ。
ふわっと花のような香りが鼻を擽る。

「うわぁ本当にさらさらですね」

遠慮がちに髪を梳かしていく紘さんの手が心地好い。

「さらさらだからすぐ終わっちゃいましたね」

髪から離れていく紘さんの手を思わず掴んでいた。

「えっ…」

「あっいや…髪を結ってもらってもいいか」

「あ、はい!もちろん!」

卓に置いていた紐を取って結っていく。僕は一体何をしているんだ…

「武市さん、終わりましたよ?」

「あ、ああ。ありがとう」

「武市さん…なんか顔赤くありませんか?」

「!い、いや気のせいだろう」

「そうですか?」

「…そろそろ朝餉の用意も出来てるだろうから行こうか」

「あっはい!そうですね」

僕が立ち上がると慌てたように紘さんがついて来る。隣に並んだところで肩の上でさらさらと揺れる髪に目を奪われた。

「武市さん?」

気付けば無意識のうちに足は止まり、紘さんの髪を一房触っていた。

「な、なにかゴミでもついてましたか?」

「ああ…いや、君の髪もさらさらだと思ってね」

「あ、ありがとうございます」

「君の髪、今度は僕に結わせてもらおう」

「えっ」

「嫌?」

「そんなことないです!…じゃあ、お願いします」

「ああ、…約束だ」

赤い顔でぺこりと頭を下げる彼女に思わず笑まずにはいられなかった。










髪結い

→坂本龍馬編へ続く

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