黒崎の家を後にした後、井上の家に行くと言う松本に対し、彼女は行きたい所があると言った。
そこがどこなのかは、すぐに察しが付いた。
浦原喜助――百十年前に尸魂界を追放された男。
前十二番隊隊長であり、技術開発局創設者にして初代局長を兼任した男。
前十番隊長と親交が深く、必然的に彼女も親しくしていたと言う。
先遣隊の任務が決まって、総隊長から大まかなことは聞いた。
正直、まだよく分かってない。
だから信用すること等出来はしない。
しかし、彼女は言った。
信じていると。
「とてもお世話になった方です」
少し目を伏せて、懐かしむように言った彼女の様子から、彼女にとってかけがえのない人物なのだと言うことが分かる。
「俺も行く」と言えば、彼女は嬉しそうに笑った。
【浦原商店】と看板に書かれたそこは二階建ての民家で、一階は商店になっていた。
扉を叩いて待ってみたが、返事がないので扉を開けて入ると、並んでいる棚に駄菓子等が陳列されている。
「はあい」
奥の部屋から気の抜けたような声が聞こえると、隣の彼女が息を飲んだ。
「すいません、お待たせしましたぁ」
出て来たのは、薄緑の甚平に青鈍の羽織を着た男だった。
目深に帽子を被り、顔はよく見えない。
いかにも胡散臭い男だ。
しかし俺達、正確には彼女を見て、言葉を失ったようだった。
「ご無沙汰しております」
そう言って、彼女は深々と頭を下げた。
「…周サン」
男は帽子を取って、彼女が頭を上げる。
「…浦原、隊長」
ほんの僅か、気付かない程僅か、彼女の声が震えた。
呼ばれた男は、見開いた瞳を一度閉じて、それから少し細めて微笑む。
「はい」
部屋から出て、彼女の前に立ち、それから彼女の目線の高さまでしゃがむ。
「大きく、なりましたね」
彼女の頭にぽんと掌を置いて、懐かしむように撫でる。
彼女を見つめる瞳は、どこまでも優しかった。
一連のそれに、まるで彼女が子供になったかのような錯覚を覚えた。
よく聞くありふれた感動の再会とは違う、静かで、穏やかで、言葉も少なく、涙もなく。
けれど、互いを思う気持ちは、第三者の俺にも痛い程伝わった。
「浦原隊長」
「まだ、ボクのことをそう呼んでくれるんスね」
「浦原隊長は浦原隊長です」
「何なら喜助サンって呼んでもらっても良いんスけどね」
「お元気そうで何よりです、浦原隊長」
「そう言うところ、変わってませんねぇ」
彼女がにっこり笑う。
「笑えるように、なったんスね」
前隊長が亡くなってから、程なくして浦原喜助は追放された。
だからこの男は、前隊長を亡くした彼女を知っているのだ。
「貴女を残して来たことが、ボクの一番の心残りでした」
「私の為にお心を砕いていただき、ありがとうございます」
前隊長を亡くしてからも彼女はずっと笑っていた筈だか、幼い頃から彼女を知るこの男にとって、それは笑ってはいなかったようだ。
「治療、続けてるみたいっスね」
「はい、阿近にお世話になっています」
「阿近サンはお元気ですか?」
「はい、毎日幸せそうです」
阿近が幸せそうなのかは俺にはよく分からないが、彼女にはそう見えるらしい。
「浦原隊長。ご存知だと思いますが、こちら十番隊の日番谷隊長です」
「総隊長と荻野から話は聞いている。日番谷だ」
「浦原喜助と申します。いやぁ、今の隊長さんがこんなに幼いとは。昔の周サンを思い出しますねぇ」
「ま、周サンはもっと愛想が良かったっスけど」と付け足す。
どうやらこの男、食えない類らしい。
「ボクも歳っスかねぇ、小さかった貴女ばかり思い出してしまう」
懐かしむように、遠くを見るように、微笑む。
「大丈夫です、日番谷サンも百年も経てば伸びますってぇ」
「余計なお世話だ」
食えないどころじゃない、嫌いな類だ。
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