雪解け(過去・番外・後日談等) | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 想像力


扉を叩こうとした手を、檜佐木は思わず止めた。
信じ難いが、そんなまさかとは思ったが、聞き間違える男はいないだろう。
抱えていた書類をぎゅっと胸に押し付け、神経を集中し耳を澄ます。

「ん……」

中から聞こえたその声に、どきりと心臓が跳ねる。
扉に耳を貼り付けて息を押し殺して窺う。
幸い此処は普通の隊舎とは違い人通りは滅多にない。
しんと静まり返った此処だからこそ、中から漏れる微かな声に気付くことが出来た。
そして、こんなことをしているところを誰かに見られる心配もまずないわけだ。
硬派で頼れる副隊長のこんな姿を見られるわけにはいかない。

「……阿近」

呼ばれた名前に、否、名を呼んだその声に、はっと息を呑む。
――おい、嘘だろ…?

「周さん…?!」

その声を、檜佐木が聞き間違える筈はない。
いつもの涼しげなものとは違い、別人のように艶やかな声色でも、決して聞き間違えたりしない。

「だっ、だめ……」

ぎゅっと心臓を掴まれたような感覚に、思わず書類を握り、叫び出しそうになって掌で口元を抑える。
何だこれ、何が起きているんだ。
耳元で心臓が鳴っているかのように、混乱した頭にどくんどくんと響いて、落ち着けと自身に言い聞かせるが、次第に呼吸が荒く浅くなっていく。
中で一体何が起きているんだ…?

檜佐木は偶々、十二番隊、技術開発局に書類を届けに来たところだった。
阿近とはひょんなことから知り合いになり(裏通販目録繋がりとは名誉の為に伏せておく)、書類配達を買って出ては此処へ寄り、阿近と世間話をする仲だった。(主な内容が裏通販目録と周の話だと言うのは名誉の)
ぶっきらぼうで恐ろしさを感じることもあるが、何だかんだ面倒見が良い阿近に檜佐木は懐いていた。

阿近と周が幼馴染だと言うことは、阿近本人から聞き知っていた。
詳しくは話さなかったが、周が時折此処へ来ていることも知っていた。
しかし、これまで周に出会したことはなかった。
あわよくば会えないかといつも少し期待してはいたが、この状況は何だ。

「う…っ、ん……」

扉の向こうから微かに漏れる艶やかな声に、既に速度を上げた鼓動が更に速度を上げる。
阿近の研究室に、阿近と周がいる。
そして中から、周の声がする。
普通ではない、艶やかで、少し苦しげな、求めるような――そう、まるで情事のそれのような、声。

「もう、ぬいて、くださ……」
「あ?今更抜けるかよ」

周の懇願するようなそれに、阿近が面倒くさそうに言う。
抜いてって…!抜いてって、ナニを。

「も…はいら、ない」
「入ってるだろ」

はっ、はっ、と短く荒い息遣いが、自分のものだと気付く余裕すらない。
それでも、こんな声とやり取りを聞いても尚、周の微笑んだ顔しか思い出すことが出来ないのは、周がいつもどんな時でも笑っているからだ。

「や、っ……」
「嫌じゃねぇ」

何が起きているなんて、そんなこと。
答えは一つしかない。
二人は、阿近と周は、そう言う関係なのか。
しかし日番谷は?と言う疑問が、鈍い思考の中で思い浮かぶ。
まさか周が不貞を働く筈はない。
けれど阿近と周は幼馴染だ。
檜佐木や日番谷が知らないずっと昔から、特別な関係なわけで。

「お前が自分でやるっつったんだろうが」

やるって、ヤるってナニを。
周さんが、周さんから、誘った…?!
まさか、そんなまさか。

「っん…あ、こん」

熱く鈍くなった思考が、理性を絡め取っていく。
檜佐木はそっと扉に手を掛けると、音を立てずにゆっくりと開けた。

「うるせぇな、口に入れるか」

相変わらず面倒くさそうな阿近の声は、研究室の奥の部屋から聞こえた。
奥にも部屋があるのは知っていたが、見たことも入ったこともない。
あそこに、阿近と周がいる。
二人が、あそこで。

「んん……」

見たいとか、見てどうするとか、そんなことは頭にない。

「じゃあ黙ってろ」

唯、その艶声に惹かれるように、誘われるように、檜佐木は足を忍ばせる。

 / 戻る /