雪解け(過去・番外・後日談等) | ナノ
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 君をめぐる色彩


「…!…お前、どうしたんだ」

私を見る阿近の表情は、珍しく本当に驚いている時のものだった。

「これ、頼まれていたものです」

瓶に入ったそれは、今回の任務で採取して来た虚の血液だ。

「止水がまた臍を曲げてしまいます」

虚の血液を一瞬でも斬魄刀に吸収させたことを、止水はひどく嫌がっている筈だ。
水に何が溶けていても操ることは可能だけれど、虚の血液となると話は別だ。
次は別の方法を考えなければいけない。

「おい、どうしたんだ」

阿近が聞きたいことは勿論分かっていたけれど、何故か口に出す気にはなれなかった。

「聞いてんのか」
「…今回の任務の後、別の隊の応援に行きました」

一番近くにいた部隊が私達だった為に、応援要請が下され、すぐに向かったのだ。

「どうせ、部下を庇ったんだろ」
「部下ではありません」
「他の隊の奴かよ。お前は本当に立派な死神様だな」

呆れたように阿近は言う。

「庇ったわけではありません。現に、私は怪我をしていません」
「その代わり、大事なもん無くしたんだろうが」

大事なもの――それが何を意味するかなんて、嫌でも分かっている。
胸の中で繰り返すと、蓋をしていた何かが押し寄せてくるようだった。

「…阿近の馬鹿」
「ああ?お前にだけは言われたくねぇ」

不意に、昔阿近と薬草採取に行った時のことを思い出す。
あれは確か、初夏のとても良い天気の日だった。

「何か言って欲しくてわざわざ此処に来たんだろうが」

図星だ。
無駄に付き合いが長い所為で、阿近には何もかも見透かされているのではないかと思う。
私は、何か言って欲しくて此処へ来た。
採取したものは、言付けさえすれば局員の誰に渡しても良かったのに、わざわざ部隊を先に隊舎に帰らせ、阿近の研究室まで来た。
他の誰でもない、阿近の所に。
阿近ではないと駄目だったからだ。

「だって、貴方ではないと駄目だったから」

私の言葉に、阿近は舌打ちをして作業を再開した。

「……間に合わないと思ったんです。多分、切られるかもしれないと思ったけれど…」

断片的に、ぽつりぽつりと独り言のように私が話すのを、阿近は作業をしながら無言で聞いていた。

応援に到着した時、一番に視界に入ったのは今にも虚の爪に切り裂かれそうな女性隊士を、別の男性隊士が助けに入ったところだった。
けれど、すぐに二人とも危険だと判断し、間に入った。
二人の隊士を抱えて虚から離れようとしたけれど、男性隊士の腰紐が虚のもう片方の爪に引っかかっていることに気が付いた。
けれど気が付いた時にはもう遅くて、虚に鬼道を打ち込んだ。
その時、女性隊士の髪の毛が風で舞い上がり、虚の爪の落下範囲に入ったことに気が付いた。
一瞬で、色々なことをする必要があった。
咄嗟に彼女の髪を引き寄せ、同時に結界を張ったけれど、抱えた隊士を守ることに必死で、自分側の結界が甘かったのだ。

「…あの時と、髪紐が切れた時と同じかと思っていました。でも、違う」

私は、阿近に何か言って欲しかったんじゃない。
私は、阿近に聞いて欲しかったのだ。

「分からないけれど、違うんです」

何かは分からないけれど、蓋をしていたそれを、湧き上がるそれを。

「でも、お前は分かってるんだろ」

私がどれだけそれを大切にしてきたか、阿近は知っているから。

「あの人は、何も気にしやしないってことを。お前がどんなだろうと、あの人は何も変わらないってことを」

そうだ。
痛い程分かっている。
あの人は、彼は、何も変わりはしないのだ。

「分かっています。けれど、そうではないんです。それでも、何か、…何か、大事なものがなくなったみたいで、胸に穴が空いたみたいに。それなのに、何か熱いものが込み上げてきて」

それがどういう感情なのか、どうしたら良いのか分からなくて、私は多分、混乱している。

「その言葉通りだろ。大事にしてたもんがなくなって、悲しい。お前の大切な人が気に入っていたそれがなくなって、悲しい。そうだろ」

当たり前のことを教えてもらったのに、何故か妙に納得して、また胸が熱くなる。
前隊長が私を見つけてくれた理由を、綺麗だと笑ってくれた顔を、撫でてくれた手の優しさを。
彼が愛でてくれたその眼差しを、優しく触れてくれたその温もりを。
思い出して、胸がぎゅっと苦しくなる。

「こんな所でうじうじ言う暇があるなら、さっさと隊舎戻れ。此処にいたって、その穴は埋まらねぇよ」

顕微鏡を覗きながら、ぶっきらぼうに言う阿近。
目頭まで熱くなるのを我慢して、扉に手をかけると、

「周」

と、阿近が呼んだ。
振り返ると、やはり顕微鏡を覗きながら続ける。

「昔からどうだって良いと思ってた」
「…?」
「お前の髪型が、色がどんなだろうと、俺はどうでも良かった」

そう言って、一瞬だけ、その三白眼が此方を見た気がした。

「ありがとう、阿近」

その言葉に、思わず笑みが零れる。

「私も、思っていました。貴方の額に角があってもなくても、どうだって良いって」

そんなこと、どうだって良かった。
角があることも、眉毛がないことも、どうでも良い。

「うるせぇよ」

阿近が阿近であること。
唯それだけ。
それだけで、私は良かったのだから。



君をめぐる色彩



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