雪解け(本編壱) | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

 12 優しいあなたの領域で


「周、あんた何にやにやしてんのよ」
「私は元からこんな顔です」

あの夜以降、乱菊さんは私の顔がいつもと違うとやたら言う。
意識はしていないけれど、そうかもしれない。

あの夜、彼の胸の中で散々泣いて、気が付けば、朝になっていた。
恥ずかしいことに、泣き疲れて寝てしまったのだろう。
寝台には、突っ伏したまま彼が眠っていて、その手は私の手をしっかりと握っていた。
その寝顔は、いつもの不機嫌そうなものではなく、年相応の子供らしいものだった。
そんな彼の表情に、思わず頬が緩んだことに驚いて、その銀髪を指で梳いて、また目頭が熱くなった。
驚く程、気持ちが晴れやかだった。
例えるなら、ずっと水の中で息が出来ずにもがいていて、漸く浮上し息を吸うことが出来たような。
気持ち良さそうに寝息を立てる彼に、全てを見透かされ、何となく恥ずかしいような悔しいような気持ちになるが、それでも、それが事実だった。

もう、胃は痛くはなかった。
次第にお腹が空いて、退院前夜に入院食をおかわりしたら、虎徹副隊長が驚いていた。

「ちょっと周、聞いてるのぉ?」
「はい、聞いています。行きます」
「…は?」
「ですから、行かせていただきます」

乱菊さんは、私の返答にぽかんと口を開ける。
快気祝いをしようと言い出したのは彼女だけれど、まさか私の口から行くという言葉が出てくるなんて、思いもしなかったのだろうか。
今まで一度だって誰の誘いにも首を縦に振らなかった為、当たり前のことかもしれない。

「…これは雪が降るわね」
「もう冬は終わりますよ」

冬が終わりかけている。
一月前より温かな日差しに、木々の葉に積もった雪が解けかけ、地面にばさりと落下した。
黙ったままお茶を啜る彼に視線を移せば、その口の端が僅かに上がっていた。

前隊長の墓地と、前隊長と暮らした家があった場所に、彼に同行してもらい、また少し泣いた。
彼は何も言わず、聞かず、私の望みに首を縦に振ってくれた。
きっともう、一人でもあの場所に行けるだろう。

「眩しい……」

彼のいる十番隊は、こんなにも眩しかっただろうか。
彼の傍は、こんなにも色付いていただろうか。

「周、何か言った?」
「いいえ、何も」

これではまるで、私が彼に救われたみたいではないか。
あの人に救われたように、彼に私は――
感謝はしている、けれど。
あの時と同じような状況に、不安な気持ちが込み上げる。
だって多分、私はまた。

ずっと言えずにいたことを吐き出して、分からなかったことに答えを見つけて、気が付かない振りをしてきたことと向き合って、やっと息をすることが出来た。
けれど、私は失った。
生きる理由を、生きてきた理由を自ら切り離して、失った。
この先、生きる理由が見つかるだろうか。
否、寧ろ、生きる理由なんてものはない方が良いのかもしれない。
だって、それを失えば、私はまた。

 / 戻る /