「周、退院おめでと〜!」
「ありがとうございます」
乱菊さんが集めたのは、彼女の飲み仲間だった。
吉良副隊長に阿散井副隊長、檜佐木副隊長、斑目三席と綾瀬川五席。
正直、これまで馴染みはなかった人達。
それは彼等だけではなく、周囲の人達全て。
「周さんが元気になって良かったです」
「檜佐木副隊長、ありがとうございます」
「入院されたと聞いて、本当に心配しましたよ。市丸隊長も心配されていました」
「ありがとうございます、吉良副隊長」
誰かと食事をするなんて、何年ぶりだろう。
誰かとお酒を飲むなんて、もう一生ないと思っていた。
あの人とはあまり外食をしたことがなかったし、二人でいる時の食事は全て私が作ったものだった。
「周さん、食べてますか?これ、美味いっすよ」
「ありがとうございます、阿散井副隊長」
阿散井副隊長に勧められた出汁巻卵を口に入れて、思わず咀嚼を止める。
「………、」
ああ、こんなことを思うなんて。
今まで、ここ百年以上湧かなかった感情が、あれからやたらと湧いて、戸惑う。
「どうかしました?」
「あの、実は……」
「な、何ですか?」
阿散井副隊長が身構えるものだから、何だか可笑しくなる。
「大したことではないんです。唯、思い出したことがありまして…」
私の言葉に、皆何故か喋るのを止めて此方を見る。
「実は私、甘いものは苦手なんです」
私の発言に、一瞬時が止まったかのように、彼等の表情が固まる。
「……え?」
「ええええええええ!」
「うそぉぉぉおお!」
「あんた今まで食べてたじゃない!」
驚かれるのも無理はない。
彼女の言う通り、今まで私は甘いものを普通に食べていた。
唯、それは勧められたり貰った時だけの話し。
阿散井副隊長に勧められた甘い出汁巻卵を食べて、そう言えば自身は甘いものが苦手だったのだと、気が付いたのだ。
「思い出したんです。昔から甘いものは苦手で。卵焼きも、甘くない方が好きなんです」
私の言葉に、乱菊さんはまた一瞬表情を固めてから、小さく笑った。
「あんた達、やっぱり似てるわ」
「…どういう意味ですか?」
問えば、今度は彼女は花のように笑って、
「隊長とあんた、やっぱり似てるのよ」
そう言ったのだった。
「お前全然飲んでねぇじゃねぇか」
「お酒、弱いので」
徳利を此方に向けてきた斑目三席に言えば、つまらなそうな顔をして舌打ちをされた。
彼とは、任務で何度か供闘したことがあったが、それ以外で関わったことはない。
戦況が不利になると直ぐに応援要請をする私のことを、十一番隊の彼は良くは思っていない筈。
「意外と笊だったりしてと思ったけど、弱いんだ」
綾瀬川五席の言葉に、頷く。
「お酒を飲むの、人生で二回目なんです」
「は?」
初めては、三席に昇進が決まった夜、あの人と夜に縁側で飲んだ。
いつまでも子供扱いするあの人が、初めて一緒に酒を飲もうと言ってきた。
それ以降飲んだことはなくて、飲む気もなくて、これが二回目。
初めて参加した飲み会は、自分には少し敷居が高いかと思ったけれど、不快ではなかった。
馴染みはないと思っていたのに、実際そうである筈なのに、乱菊さんに接するのと同じように、彼等は私に接してくれる。
こんなに誰かと話しをするのは久々で、喉が痛くなった程。
「顔、赤いよ」
綾瀬川五席に指摘され、自分の頬を触れば熱い。
結局斑目三席に二杯目を注がれて飲まざるを得なくなって、少し頭がぼーっとしている。
大酒飲みだったあの人は、こんな私を見てきっと笑うだろう。
「ねぇ、周」
「はい」
そろそろお開きかと思い空になった皿を重ねていると、頬の赤い乱菊さんに肩を叩かれる。
この人も大酒飲みで、やっぱりあの人と重なる。
「あんた、どうして今日来たの?」
目はとろりとしているけれど、彼女は唯聞いただけと言うわけではなさそうだ。
「……他にも、何か見付けようと思ったんです」
私なりの、決意の表れだった。
「今まで私にはずっと、十番隊しかなかったから。だから他に大切に思えるものを――生きる理由を、見付けようと思ったんです」
少し喋り過ぎたかと思ったけれど、これはきっとお酒の所為だ。
彼女の手が降りて来て、くしゃりと頭を撫でる。
そして、
「そう」
ひと言だけ言って、優しく笑った。
私には、他に何もなかったから、十番隊しかなかったから。
それがあまり良いことではないと、分かっていた。
それでも、他のものなんて何もなくて。
だけど今は、他のものに目を向けようと思う。
そうすれば、他に何か見付けられたら、同じことにはならないだろうと思った。
同じことになるのは、もう嫌だ――絶対に。
優しいあなたの領域で
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