雪解け(本編壱) | ナノ
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 07 きっとずっと憶えてる


あの夜番の際の出来事が一体何だったのか、未だに分からずにいる。
彼はあの後、何故かひどく驚いたような、悲しげな、初めて見る顔をして、「悪い」と謝ると、去って行った。
残された私は、散乱した書類を集めて執務室に戻った。
けれどそれからは、何も手に付かなかった。

「お前は、離せば何処かに行くだろう」

一瞬、彼の言葉が理解出来なかった。
理解が出来て、何故だか自嘲的な笑いが零れた。
そうか、他人には私がそんな風に見えていたのか。
私は、あの人が与えてくれたものにしがみ付いて。
十番隊に、生にしがみ付いて生きて来たのに。
でも、きっと、私は。
幼い頃思っていた、願っていた、救いを、また無意識に求めているのかもしれない。
あの頃は、生きていることが地獄で、不幸で。
殺されることで、死ぬことで、救われると思っていた、信じていた。
それを今、同じことを、私は求めているのかもしれない。
死ねば救われるなんて、自身が犯した罪に救いを求めているなんて――ああ私は、なんて馬鹿なのだろう。
どうしようもなく馬鹿で、どうしようもなく卑怯だ。
でも私は、今の私は、何が正しいことかなんて分からない。
分からない程、迷ってしまった。

「周?」
「…はい」
「大丈夫?最近あんたぼーっとしてるわよ」
「すみません」

朝起きて、身支度を済ませて、朝食をとって、出勤して、執務室の掃除をして、執務をして、昼食をとって、鍛錬をして、任務に出動して、残業して、帰宅して、夕食をとって、風呂に入って、就寝する。
毎日毎日、何も変わることなく、今までもこれからも、何も変わらずに進んでいくと思っていた。
思っていたのに。
変わっていくのが、怖い。
置いて行かれるのが、怖い。

「美味い!」
「それは良かったです」
「お前の料理はいつも美味いな。何食っても美味い」
「大袈裟ですよ。隊長は普段の食生活が偏り過ぎています」
「握り飯さえあればなんとかなる」
「なりませんよ、あまり好き嫌いしてはいけません」
「ああ」
「それから、もう少しお酒を控えて、もう少し早く寝て下さい」
「ああ」
「大きくなれませんよ」
「馬鹿にしてんのか」
「冗談です。身体を壊しますよ、本当に」
「はいはい」
「返事は一回でお願いします」
「お前は俺の母ちゃんか」
「そうかもしれません」
「んなわけねぇだろ」


頬に米粒をつけて、大きな口で、豪快に笑う人だった。
さぼり癖があって、面倒くさがりで。
子供っぽくて、細かい仕事は苦手で。
ふらりと姿を消しては、いつの間にか戻って来て。
いざと言う時はとても頼りになって。
明るくて、広くて、大きくて。

「お前、本当に昇進試験受かったのか?」
「はい、嘘ではありません。来月から三席になります」
「あんなちびだったお前がなぁ」
「もうちびではありません、大人の女性です」
「何が大人の女だよ、今もちびだろうが」
「中身は大人の女性です」
「分かった分かった。……おい、」
「?」


わしわしと私の頭を撫でる手は、ごつごつしていて大きくて、少し乱暴で。
でも、

「よく頑張ったな、周」
「…はい」


何よりも優しくて、何よりも温かかった。

「っ!!」

ああ、そうか。
見慣れた天井が視界に入って、理解する。

「夢……、」

あの時の夢を見たのは、何年振りだろう。

「あ、」

時計に目をやれば、いつも起床する時刻を疾うに過ぎていた。
出勤の時間には間に合うけれど、この時間では執務室の掃除をする時間はない。
寝坊と言うやつだ。

「っ……」

胃の痛みは未だ治らない。
山田七席の言っていたことはどうやら本当のことらしく、薬を飲んでも一時凌ぎにしかなっていない。

「どうして、」

寝坊なんて、今までに一度だってしたことないのに。

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