十番隊の執務室は賑やかだ。
「周さん、お疲れ様です」
「こんにちは、荻堂八席」
長年護廷に勤めている為、恐らく彼女を知らない死神はいない。
そして顔が広いだけでなく、信用がある。
他隊から彼女を指名しての任務も多い。
勿論、彼女の人柄もあると思うが。
彼女よりも立場が上の者でも、彼女に敬語を使う者も多い。
「周さん、最近来てくれないじゃないですか」
こうして、彼女目当てに十番隊を訪れる者は多い。
所用から戻ると、何度か見たことのある笑みが彼女に向けられていた。
「最近は負傷していませんから」
彼女は、何を言われても眉一つ動かさずに答えて、仕事の手を止めない。
勿論、いつもの笑顔を浮かべて。
「怪我してなくても、僕に会いに来てくださいよ」
「荻堂八席、こんなところで油を売っていると、また伊江村三席にお叱りを受けますよ」
いくら整った顔を近付けられても、だ。
「松本」
「あら隊長、戻ってたんですか」
「あいつを追い出せ。そしたらその書類、俺が処理してやる」
瞬時に、松本の目の色が変わる。
「荻堂、あんた自隊に戻りなさい!」
松本に何やかんや理由をつけられ、荻堂は自隊へ戻って行った。
荻堂はいつも、自身がいない時を狙って此処へ来ているようで、彼女に気があるんだとかないんだとか。
「失礼します」
「今度は何だ」
溜息交じりにそう言えば、此方は良く知った顔だ。
「九番隊副隊長、檜佐木です。瀞霊廷通信の最新号と書類を届けに参りました」
「ああ」
「お疲れ様です、周さん」
「こんにちは、檜佐木副隊長」
書類配達と言うのは名目で、彼女が目当てなのは見え見えだ。
副隊長がする仕事ではないだろうが、恐らくこの為に自ら進んで此処へ来ていると見える。
隊長机の前を通り過ぎると、真っ直ぐに彼女の席に向かう檜佐木。
「隊長、眉間に皺寄ってますよ」
「うるせぇ、いつもだ」
「いつもより多いと思いますけど」
「余計なお世話だ」
檜佐木はいそいそと瀞霊廷通信を開き、角が折り曲げられた頁を彼女に見せる。
「周さん、この間取材しに行った此処の甘味屋なんですけど、良い所なんですよ。雰囲気も味も良くて」
「そうですか」
「宣伝のお礼ってことで、店主に割引券もらったんです。あの、良かったら一緒に、」
「失礼します」
「今度は何だ」
「六番隊副隊長、阿散井です……あれ、先輩も来てたんすか」
「あんた達暇ねぇ」
「暇じゃないっす、ちゃんと仕事は片付けて――おい、阿散井なんつった。お前こそ何しに来た」
「や、俺は周さんに…」
そう言って、阿散井が落とした視線の先には紙袋。
「あら、」
松本は椅子から身を乗り出し、直ぐさま紙袋に書かれた店名を確認し、匂いを嗅ぐ。
「それ久里屋の鯛焼き?あたしも食べた〜い!」
「駄目っす、今日は周さんに、」
狙われた阿散井は、松本の手が伸びてきた瞬間、紙袋を頭上に持って行く。
「良いじゃない、周だって二つも食べられないわよ」
「違うんっすよ、俺は周さんと…」
どうやら阿散井は、彼女と二人で食べようと持って来たらしい。
「乱菊さん、それ食ってやってください」
「余計なこと言わないでくださいよ、先輩」
「俺に黙って抜け駆けしようとするお前が悪い」
「あんただって毎回周さんをメシに誘ってんでしょうが!俺は別に、」
「俺は良いんだ!」
騒がしくなる執務室。
暑いのも相まって、余計に煩わしい。
話題の中心にいる、と言うか騒ぎの原因になっている当の本人は、相変わらず書類整理を続けている。
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