雪解け(本編壱) | ナノ
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 03 虚空に馳せる


気になったのは、特別な意味があるわけではではない。
自隊の三席だから。
彼女がいなければ、誰があの副官を操縦するのだ。
彼女がいなければ、隊士達の士気も下がる。
唯、それだけ。
けれど、

「またか」
「申し訳ありません…」
「いや、お前が悪いわけじゃない。謝罪の必要はねぇ」

彼女の率いる部隊が任務から帰還したが、執務室に報告に来たのは、副部隊長である五席だった。
――よくあることだ。

彼女が率いた部隊は、任務成功率はほぼ十割、つまり、失敗したことがない。
不可能だと判断した任務は引き受けず、任務中戦況が少しでも不利に傾いた場合も、すぐに応援要請をする。
彼女は霊術院に通わず、斬、拳、走、鬼、全てを前十番隊隊長から学んだと言うのだから、能力が高いのは当たり前なのかもしれない。
鍛錬も怠らず、部下への指導も適格で良い。

松本によれば、彼女の受け持つ部隊は、今までに殉職した者がいないのだとか。
冷静で的確な判断で任務を遂行し、必ず全員で帰還する。
他の部隊に比べて、負傷者も少ない。
唯、彼女を覗いて、だが。
他の隊士が無傷な中、彼女だけが負傷して帰還することも多々、今日が初めてのことではない。
回道にも長けていると言う彼女は、自分で治療出来る程度の傷の場合はそのまま隊舎に戻って来る。
しかし、やはり四番隊のそれには劣るようで、自己判断に基づき四番隊へ行く。
ひどくても数日で完治するような傷の為、入院等大事に至っていないが、彼女は兎に角、小さな傷から大きな傷まで、怪我が多い。

副部隊長に聞けば、言いにくそうにして、しかし隊長相手に黙っていることは無理だと悟ったのか、口を開いた。

「荻野三席は、滅多に…いいえ、俺が知る限り、一度も抜刀したことがありません」

彼女が斬術以外の戦闘方法を得意としていることは知っている。
しかしそれだけではなく、隊士を庇う際、虚の爪や触手を受ける際でも、抜刀しないのだと言う。
斬魄刀で受けず、鬼道か霊圧を纏った素手で受けるか、そのまま虚を昇華するか、相殺する形を取るのだとか。
その為に、受けきれなかった、又は相殺しきれなかった攻撃が身体にまで及ぶのだ。
そしてもう一つ、

「三席は、ご自分以外が傷付くことをひどく嫌がります」

恐らく彼女は、任務の遂行よりも何より、隊士の安全を優先し過ぎているのだと言う。
いらいらする。
負傷をして帰って来ても、自らの血で顔や髪を汚して帰って来ても、彼女はやはり笑っている。
その顔も、任務に対する姿勢も、どうしようもなくいらいらして、胸の奥が鈍く痛む。

それでも必ず任務を成功させてくるのだから、それを知っても何も言うことが出来ない。
彼女のそれは、前隊長の殉職に関係あるのだろうか。
部下を守ることは上官の勤めで、悪いことではない。
寧ろ褒められるべきことだ。
しかし話しを聞いていると、彼女の場合はそれとは少し違う。
何か、強い執着を感じるのだ。

「気になりますか?」
「部下だからな」
「周のこと、心配ですか?」
「……部下だからな」
「何ですか、今の間は」
「お前が同じことを聞くからだ」

時折、松本は何もかも見透かした上で、分かっている上で質問をしているのではないかと思う。
自分の言った言葉に嘘はない。
唯、他の隊士よりも少しだけ気になる、それだけのこと。
彼女に何かあれば、隊務に大きく影響がある。

「松本」
「はい?」
「四番隊に行って、荻野の様子を見て来てくれ」
「え〜、隊長が自分で行けば良いじゃないですかぁ」
「俺は今忙しい」
「私だって今忙しいんですよ」
「先からずっと爪を弄ってる奴が何を言ってる。良いから行って来い!」

「もぉ隊長は人遣い荒いんだから」と文句を言いながら、松本は執務室を出て行った。

自身が行ったところで、彼女は嫌がるだろう。
嫌われていると見えるし、行ったところでどう声を掛けたら良いのかも分からない。
隊長でありながら、彼女をどう扱ったら良いか分からないでいる。
理解不能な頭脳を持つ松本とはまた別だ。

彼女のことは、松本に任せておいた方がきっと上手くいく。
仮に本当に似ているのならば、尚更。
彼女はまた、にっこり笑って四番隊から帰って来るのだろう。

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