雪解け(番外掌編) | ナノ
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可愛い人
丁度、髪の毛を洗い終わった時だった。
こんこん、と音がして、日番谷は動きを止めた。

「?」
「日番谷隊長」

脱衣所の外からだった。
先程のあれは、周が扉を叩いた音だ。
理解して、日番谷は驚く。
風呂に入っている最中に、声を掛けられたことがなかったからだ。
以前、乱菊に盛られた薬の所為で少し老けた時、姿が変わったのが風呂に入っている最中で、驚いて大声を出したことから彼女が駆けつけたことはあった。
しかし、その一度きりだ。
日番谷が風呂に入っている時、周が脱衣所に入ってきたことは愚か、声を掛けられたこともない。

「どうした?」

それなのに、今日はどうしたと言うのだ。
日番谷は動揺を隠そうと、何でもないように聞いた。
すると脱衣所の扉ががた、と音を立てて開けられた。
日番谷は身体をびくりと揺らす。
声を掛けられたことですら驚いているのに、まさか扉が開けられるとは思いもしなかった。
日番谷の声が、浴室から聞こえたことを確認したからだろうか。
それでも、日番谷が着替えをしている時ですら決して部屋に寄り付かない周にしては、あり得ない行動だった。

「た、隊長。今、宜しいでしょうか」

は、と日番谷は声と言うより短く息を吐き出した。
――何が宜しいんだ?
日番谷は混乱した。
濡れた銀色の髪から、つつ…と雫が首を、胸元を伝う。
周が何を聞いているのか分からず、何と答えて良いのか戸惑う。
今宜しいとは何だ。
脱衣所に入っても良いかと言うことだろうか。
磨り硝子越しでも開けられた扉は少しだと分かるが、それがどれくらいかまでは分からない。
あちらからは恐らく日番谷の姿がぼんやりと見える筈だ。
周が見ているかもしれないと思うと、何だか急に恥ずかしくなる。
手拭いや着替えは各自持って風呂に来ていることから、何かを持ってきたと言う可能性はないだろう。
伝令神機に電話が掛かってきたとか、急ぎの伝令と言う可能性も低いだろう。
周の声からして、緊急時のそれではない。
だったら何だ。

――いやいやいや。
数ある選択肢の中で一番、最もあり得ないそれを考えて、日番谷は首を横に振る。
日番谷にのみ極度の恥ずかしがり屋の、あの周が?
此処に、風呂に、自分の入っている風呂に入ってくる?
姿見の裸の自分と目が合って、また首を振る。
周が自分と風呂に入ろうとするなんて、乱菊が一週間禁酒するくらいあり得ないことだろう。
――本当に?
自分で考えておきながら、日番谷は思わずたじろぐ。
まさか、万が一、と言うことはないのか?あるのか?
いやそんなまさか。
もう一度姿見に映った自分の姿を見て、喉をごくりと鳴らした。
ここまで僅か二、三秒。
史上最年少で隊長の座に就いた天才少年は、こんな時でも頭の回転が速い。

「隊長…?」
「あ、ああ、良い」

返事をしない日番谷を窺う周の声に、つい、反射的に答えてしまった。
良いって何が?!
自分で言って、日番谷は狼狽える。
入ってくるのか?此処に?風呂に?周が?

「あの、石鹸を出すのを忘れていまして…」

ぽた、と濡れた前髪から雫が膝に落ちた。
は、とまた息が溢れる。
先程のそれとは違う、可笑しさからくるものだった。
少し考えれば、否、考えなくても分かることだ。
石鹸置きに石鹸がないのは明らかで、他にも洗髪剤等共有しているものはあるではないか。
自分が考えていたことがあまりにも愚かだった為、日番谷はまた声もなく短く笑った。

「隊長?大丈夫ですか?」
「ああ、そこに置いといてくれ。ありがとう」
「はい、失礼しました」

恐らく扉はそれ以上開けないまま、周は石鹸を置くと扉を閉めた。

「はぁ……」

やっと呼吸が出来たかのような感覚に、肩の力が抜ける。
姿見の自分の顔が赤く、恥ずかしくなって更に赤くなる。
浴室の扉を開けると、脱衣所の扉の前に石鹸が置いてあった。
周らしい、と日番谷は思う。
ほんの少しだけ扉を開けて、中を見ることもなく隙間から石鹸を置いて行ったのだろう。
周は石鹸を渡しに来ただけだと言うのに、一人で勝手に考えて、混乱して、安堵して。
そして挙げ句の果てには、自分でも驚くことにほんの少し残念に思っている。
雫が滴る前髪をかき上げくしゃ、と握る。
――馬鹿か俺は。

「はは……」

浴室に、日番谷の乾いた笑い声が響いた。


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