雪解け(番外掌編) | ナノ
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恋煩い
「お前見たか?」

待ち合わせたいつもの居酒屋に、阿散井と吉良が入店すると、既に檜佐木は到着していた。
二人の顔を見るなり興奮した様子で詰め寄って来た檜佐木に、阿散井は怪訝そうに「何がっすか」と問う。

「馬鹿、周さんに決まってんだろ!」

馬鹿はあんただ、と阿散井は内心突っ込む。
普段真面目で頼れる副隊長の檜佐木が、こんな風におかしくなるのは、周に関することだと決まっている。
檜佐木が入隊時から四十年近く周に想いを寄せていることは、阿散井と吉良だけでなく護廷中が周知していることだが、親しい間柄と言うこともあり二人は檜佐木の恋を一番近くで見聞きしてきたと言っても過言ではない。

「髪、切ったんですよね」
「似合いすぎだろ顔小さすぎだろ項見えてんだぞやばいだろ?滅茶苦茶綺麗だろ…!」

息継ぎもせずに言って頭を抱え出した檜佐木に、阿散井の顔が引き攣る。

「…まあ見ましたけど」
「馬鹿野郎、見るんじゃねぇ!」
「面倒くせぇなこの人」

心底面倒くさそうに阿散井が檜佐木を見るのに対し、吉良は気まずそうな表情をしている。
周が髪を切ることになったのは彼女自身の意思ではなく、三番隊の隊士を庇った為に虚に斬られたからだった。
周に初めて会った百十年前からずっと同じ髪型だと市丸から聞き、何か理由があって髪を長くしていたのではないかと吉良は思った。
理由がないとしても、女性が髪を失くすと言うのは相当なことだと思う。
勿論短くなった髪型も檜佐木の言う通り似合ってはいたが、申し訳ない気持ちで一杯だった。

「吉良、お前あんま気にすんな。何か理由があって長かったのかもしれねぇけど、起きちまったことは仕方ねぇ。あの人のことは日番谷隊長に任せとけ」

吉良の気持ちを汲み取って言う阿散井に、「そうだね」と眉を下げて小さく笑う。

「…しまった」

阿散井が視線を隣の吉良から正面に戻せば、ずうぅぅんと音がしそうな程項垂れている檜佐木の姿があった。
周と日番谷が恋仲だと言うのは、単なる憶測だ。
本人達は一度も明言したことはない。
しかし噂と片付けることは出来ない何かが、二人の間にはあった。
檜佐木も、二人が恋仲だと言うのは噂ではないと思っているらしく、日番谷の名前を聞けば分かりやすく落ち込む始末である。

「つぅか先輩、周さんのこと諦めたんじゃないんすか」

いつかの副隊長会議があった日、食事会の後周を送って行った檜佐木から、阿散井と吉良が呼び出されたことがあった。
いつもの居酒屋ではなく寮の自室を指定されたことから、何かあったのかと二人が駆け付ければ、既に酔っている檜佐木が項垂れていたのだった。
周に告白して振られたのかと思えば、告白はしていないのだと言う。
じゃあ何があったのかと問うたが、檜佐木は何も語らなかった。

「忘れられる気がしねぇ」
「無理に忘れなくても良いんじゃないですか」


やっと口を開いた檜佐木は、吉良の言葉に数秒固まっていたものの、やがてばたりと倒れて寝息を立て始めたのだった。
その日の檜佐木の様子から、阿散井と吉良は何となく察したが、何があったのか真実は分からない。

「それとこれとは別だ」

そう言う檜佐木は、以前よりもどこか吹っ切れたようにも見える。

「まあすぐにきっぱり気持ちがなくなるなんて、無理な話だしね」
「確かにこの人から周さんへの想いを取ったら、何が残るんだって話だな」
「勝手に取るんじゃねぇ」
「何も残らないのは認めるんだ」

はは、と吉良が笑いながら若干引いている。
それでも、周のことを忘れる檜佐木と言うのはやはり想像出来なかった。
恐らく周が檜佐木の気持ちに応えることはないだろうが、檜佐木は当分想い続けるのだろう。
そんな檜佐木が羨ましいとさえ、吉良は思う。

「俺は何故あの日行かなかったんだ…死んでも行くべきだった…!何年も風邪なんか引いてなかったのに何故あの日に限ってっ…!」
「何回目っすか、その話」

周が参加した飲み会に、檜佐木が熱を出して参加出来なかったと言う後悔の念は、耳にタコが出来る程聞いている。
一年半も前のことを檜佐木が未だに言っているのは、「酔った周さん、すごいエロ可愛かったですよ」と言う荻堂の言葉に、「確かにあれはやばかった」と阿散井が思わず言ってしまった為、念が非常に深くなってしまったのある。

「まあまあ。会う度聞いてるけど今日も聞いてあげようよ、阿散井君」

周以外の、檜佐木が心から想える人に会う日まで、まだ当分かかるのだろう。
しかしこうして檜佐木の話を聞いているのも悪くはないと、阿散井と吉良は思うのだった。


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