「どうぞ」
「ありがとう」
お茶を淹れて縁側に出れば、時折吹く風が心地良い。
「風が心地良いですね」
暑くもなく寒くもない丁度良い季節。
この季節が長く続けば良いのに、なんて思う。
「…?」
いつもならばすぐに返ってくる返事が聞こえず、どうしたのかと彼を窺う。
すると彼は、湯呑みを傍に置いてあった盆に置いた。
「…来いよ」
呟かれた言葉に、「はい」と頷いて、その距離を縮める。
互いの太腿が触れる程近付くが、
「違う」
彼が不満そうに言う。
何が…?と考えると、彼が徐に指で自分の膝の上を指した。
「ん」
「え…?」
彼が何を言いたいか分からなかったから聞き返したのではない。
本当に?と言う意味だ。
彼は、自分の膝に来いと言っている。
「ん(乗れよ)」
「ですが…良いのですか」
「ん(良いから)」
でも、と戸惑うけれど、彼がそう言うのならば他に選択肢はない。
恐る恐る腰を上げ、彼の膝の上に横向きに腰を下ろす。
「…重くありませんか」
「そんなわけあるか」
久しぶりに口を利いてくれて良かったと思うと同時に、速度を上げた鼓動が身体を熱くする。
彼の膝の上に乗るなんて初めてのことだ。
これまで抱き締められたことは何度もあるけれど、膝に乗ったことは一度もない。
勿論私が彼を乗せたこともない。
だから初めてのことに、状況に、異常な程どきどきしてしまっている。
彼の腕が、私の腰を抱いて引き寄せる。
その感覚に、かっと顔が熱くなる。
身体が密着することは珍しいことではない。
けれど、尻に彼の体温を感じ、こんな角度で腰を抱かれることはない。
彼の顔より私の顔の方が高い位置にあり、これは懐かしさを感じる感覚だけれど、それでも、以前とは違う。
全然違う。
「ど、どうされたのですか」
「何が」
「その、急にこんな……」
だってこれまで、自分の膝の上に来いなんて言ったことはなかったから。
彼は少し気まずそうに視線を逸らすと、口籠る。
「…?」
「…もう俺の方が大きいだろ」
彼がぼそぼそ呟いた言葉を一瞬理解が出来ず、けれどすぐに理解する。
彼が私より大きくなったから、だから。
「もしかして、ずっとしたいと思ってくださっていましたか」
問えば、彼の頬が赤く染まる。
図橋だ。
「男の方が小せぇなんて、格好付かねぇだろ」
拗ねたように言う彼が可愛くて、いじらしくて、胸がきゅうと締め付けられる。
ずっと、したいと思ってくれていたんだ。
けれど自分の方が小さいのが嫌だったから、私の背を追い越すのを待っていたんだ。
「嫌だったか…?」
少し不安げな瞳で見上げれて、胸がきゅんとなる。
本当に彼は、私をどうしたいのだろう。
「そんなわけはありません。嬉しいです。でも、心臓が…」
言いながら恥ずかしくなって俯けば、彼の手が顎の下から耳の下に滑り、身体が跳ねる。
「本当だ、すげぇ速い」
そう言って優しく笑うから、もう堪らなくなって、彼の首に手を回す。
引き寄せて、少し俯くと互いの鼻先が触れる。
彼が瞼が下りて、誘われるようにその唇にそっと触れた。
彼の首に触れて感じた脈も私と同じように速くて、それが嬉しくて、愛おしくて、いつもより少し長く彼の唇に自分のものを重ねた。
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