幼い言い分だったかと、彼女に言ったことを少しばかり後悔したが、そんなことは彼女の手が首に回った時に吹き飛んだ。
実はずっと彼女を膝に乗せたかったなんて、女々しいだろうか。
けれど自分の方が小さいのに、そんな格好の悪いことは出来なかった。
彼女も自分から膝に乗ってくるような質ではない為、これまで一度もなかったことだ。
少し高い位置から彼女に見下ろされて、少し懐かしい気持ちになる。
けれど、以前とは違う。
もうあの頃とは違う。
「少し、懐かしくなりました」
昔のことを話す時に見せる彼女の表情は、いつも俺の胸を締め付ける。
「…何が」
「誰かの膝の上に乗ったのは、久しぶりだったので」
顔に出ていたのだろうか、彼女が、
「子供の頃のことですよ」
と笑う。
そんなことは分かっている。
子供の頃のことに、自身がいなかった時のことに嫉妬するなんて、馬鹿けたことだと分かっている。
幼い彼女が周囲に大層可愛がられていたことは知っているし、未だに浮竹なんかはそれが残っているように思う。
「もう誰の膝にも乗るなよ」
俺の言葉に、彼女は「ふふ」と笑う。
「…乗るな」
もう一度そう言えば、彼女は葡萄色を優しく細める。
この瞳に見つめられると、全てを許されるような、包まれるような、不思議な心地になる。
「はい、分かりました」
彼女の言葉に満足して、肩口に顔を埋めた。
顔の位置に丁度膨らみがありどきりとするが、彼女は気にしていないのか躊躇なく俺の頭を引き寄せる。
「隊長も、ですよ?」
耳元で囁くように言われて、どきどきと心臓が煩い。
彼女に脈が伝わってやしないかと、意識すると余計に速くなっていく。
「私意外、誰も乗せないでくださいね」
その言葉が、胸をぎゅうと締め付ける。
自分も言った言葉なのに、彼女に言われると堪らなくなる。
昔も今も口数は少なく、自分の気持ちをあまり口にしない彼女だが、昔"こんなこと"と彼女が言った気持ちを、今は昔よりも伝えてくれるようになった。
それがどんなに嬉しいか、彼女は知っているだろうか。
その言葉が、どんなに俺を堪らなくするか、分かっているのだろうか。
「ああ。お前以外――」
お前以外、誰も乗せない。
そう言おうとして、ふと過ったこと。
それは、いつかの、未来の光景。
「隊長…?」
言葉を止めたことを不安に思ったのだろうか、彼女が少し身体を離して窺う。
「乗せねぇよ。周以外、誰も」
今は――、な。
「はい」
彼女が嬉しそうに笑う。
愛おしげに細められる葡萄色が、優しく揺れて俺を映す。
唇を寄せれば、彼女の腕が俺を引き寄せた。
心の中で呟いた言葉を、いつか彼女に話せる日がくるだろうか。
彼女に出会う前は考えもしなかったこと。
今が精一杯で、先のことなんて想像すらしなかった。
多分、考える余裕があったとしても、興味もなかった。
彼女といると、まだ見ぬ未来のことを考える。
いつ最期を迎えるか分からない死神と言う職に就きながら、それでも漠然と信じられる、先の未来。
俺一人では、考えること等しなかった。
信じられるのは、彼女がいるから。
俺の未来には、必ず彼女が隣にいるから。
世界を欲しがる僕たちへ
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