雪解け(未来編) | ナノ
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 未来嚥下


「たぁいちょ!どうでした?どれくらい伸びてました?」

彼が手に持つ用紙を、乱菊さんが後ろから覗き込む。

「うるせぇ、関係ねぇだろ」

乱菊さんが見る前に彼は用紙を伏せると、受付の隊士に提出した。

「もう、見せてくれたって良いのに」
「お前に見せる筋合いはねぇ」
「そんな薄情な子に育てた覚えはないですよ」
「てめぇに育てられた覚えはねぇ」

死神にも人間の世界のように健康診断と言うものがあって、成長過程では身長体重は霊圧と比例する為、定期的に測定する必要がある。
死神も人間と同じく病にかかるし、極端に身長が低くなったり体重が落ちると、魂魄に異常や病が見られたりするのだ。
だからこうして、年に一度四番隊で健康診断が行われる。

「あら周、また伸びたの?」
「はい、まだ少しずつ伸びているようで」
「あたしなんてもう随分前に止まったわよ」

普通、私くらいの年月を生きると成長が止まることが多いけれど、体質が特殊だからか、霊圧制御装置をつけていたからか、私はまだ少しずつ身長が伸びていた。(十年に一せんち程だけれど)
阿近に義骸を作り直さなければならないと文句を言われるから、もう止まって欲しいと思っているのだけれど。(数みりくらいそのままで良いとは思うのだが、絶対にあり得ないのだそうだ)

「戻るぞ」
「折角だから甘味処でも寄って行きましょうよっ」
「行かねぇ」
「えー、良いじゃないですか偶には」

即答する彼に、乱菊さんが頬をぷくっと膨らませる。
ここにいる誰よりも大人びて艶やかな容姿をしているのに、子供のような仕草をして、子供のような口調で彼女は言う。
 
「お前は仕事中にしょっちゅう行ってるだろうが」
「では持ち帰りにして、執務室で召し上がってはいかがですか」

この感じは駄々を捏ねて長くなる。
そう悟り口を挟む。
 
「良いわね!そうしましょっ」

途端にぱっと顔を明るくして、街の甘味処の方へ駆けていく乱菊さんの背中に、彼が溜息を吐く。

「隊長も、お腹空かれませんか」

彼の背中に声を掛ければ、此方に振り返ってどきりとする。
ここ十年程、彼の身長の伸びは凄まじく、刻一刻と私に近付いている。
もしかしたら、もう同じくらいかもしれない。
見下ろしていた視線が、振り向けばすぐ同じ高さにあって、その度に心臓が跳ねる。
毎日顔を合わせていて、彼の成長を一番傍で見ている筈なのに、未だに慣れることが出来ないでいる。

「…少しな」
「良かったです」

ここのところ、彼はよく食べる。
人間で言えば十代前半、成長期と言う時期だからだろうか。
今日の夕食は何を作ろうかと考えていたら、甘味処に着く前に紙袋を抱えた乱菊さんが此方に戻って来る。
その袋が随分膨らんでいるように見えるのは、気の所為だろうか。

「随分沢山買われましたね」
「最近隊長、筍みたいに伸びてるんだから沢山食べなきゃ!御手洗多めに買ってきましたよ」

「ね、隊長」と乱菊さんが片目を瞑ると、

「誰が筍だ」

彼は呆れたような顔をしたけれど、その唇の端は僅かに上がっていた。

「戻るぞ」
「もうかぁわいい、隊長ったら!」
「うるせぇ、くっつくな」
「これ隊の経費で落ちます?」
「阿保か、落ちるわけねぇだろ」
「ええ、そんなぁ!」

乱菊さんと彼が並んでいる背中を見て、また彼の背が伸びたのではないかと感じる。
乱菊さんが筍と言うのも頷けるくらいだ。
この十年で十せんち以上伸びた身長は、どこまで伸びるのだろう。
十年後にはまた十せんち伸びているかもしれない。

「周!早く来なさい!」
「はい」

何だか彼の保護者のような思考をしていたことに気が付いて、少し笑う。
周りは外見的成長が止まった中、彼だけが日々成長しているからこんなことを思うのだろうか。

「何ぼーっとしてんのよ」
「今夜は筍ご飯にしようかと考えていました」
「っ、お前…」

二人に追いついて言えば、彼が小さく吹き出す。

「ええ、筍ぉ?」
「何だその嫌そうな顔は」
「あたし筍嫌いなんです、あくが強くてお肌が荒れるから」
「嫌いなものを上官に例えるお前の方が、よっぽどあくが強いぞ」

平然と言ってのける乱菊さんに、彼が呆れたように言う。

「掘り立てのものであれば、あくは殆どありませんよ。昨日掘られたものを念の為あく抜きしてありますから、それを筍ご飯にしましょう」
「じゃあ食べる」
「聞けよ」

昔私が幼かった頃、前隊長もこんな風に思ったのかもしれない。
私が成長するのを、あの人は喜んでくれていただろうか。


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