目尻に溜まった涙が溢れてしまわないようにと瞬きもできず、男を見上げたまま大きく開かれた瞳。今にも泣き出し震えてしまいそうになる声を、なんとか体の底から絞り出す。

「お願い……行かないで、留三郎さん」

じわりと赤らんだ目に溢れんばかりの涙を湛え必死に耐える女を、男はは切なげに見つめ返す。

「せっかく出会えたのにさよならなんて……あんまり、悲しいじゃないですか」
「ああ……だから」

彼は強い意志を感じさせる瞳でまっすぐ女の顔を見据える。日頃の鍛錬で傷の絶えない、けれど大きく、固くごつごつしたその手で彼女の柔らかな手を取り、一つ、大きく息を吸う。

「いつかまた、学ぶべきことを学び終え一人前になったら…きっとまた会いにくる」
「本当……?」
「ああ、それまでは会えなくなるが……待っていてくれ」
「あ…待って! 留三郎さん!!」

彼は名残惜しげに最後の言葉を口にし、彼女の手をするりと離すと、軽い身のこなしで女の元を去っていったのだった。



「ハイ以上全て鉢屋三郎でしたー」

留三郎のマスクをべりりと剥がし普段の不破雷蔵の顔に戻った三郎は、軽い調子でそう言ってのける。その茶番に付き合わされた被害者は、五年い組の久々知兵助、尾浜勘右衛門、ろ組の竹谷八左ヱ門の三人である。

「三郎って意外とロマンチスト?」

勘右衛門が呆れたように、ため息と笑いを含んだ声で尋ねる。脚本は今図書委員会の仕事でいない雷蔵協力のもとだという三郎の返事に、ろ組暇かよ……と肩をすくめた。八左ヱ門は俺は関係ないからな! という主張を声高に叫んでいたが三郎は気にせず話を続ける。

「いや、だってさ、食満先輩ってば通り雨にやられてずぶ濡れのまま長屋にも入ろうとせず雨に打たれてて。いつもの熱血なんてどこへやらで空見上げてボーっとしてたもんだから、こんな感じのロマンスでもあったんじゃないかな〜と」
「見つめ合うと素直におしゃべり出来ず思い出はいつも雨、みたいな感じだな」
「八左ヱ門がそういうこと言うとなんか、アレだな」
「アレってなんだよ三郎」
「気持ち悪い」
「なんでだよ! お前の茶番も十分気持ち悪いわ!!」
「それにしても食満先輩、本当は何があったんだろうね。そんなに様子がおかしかったなんて」

兵助の言葉に一同は首を捻ったが、張本人に確かめる勇気もなく、答えは出るはずもなかった。日が落ちたせいか日中よりも涼しい風が通り抜け、カナカナという蜩の鳴き声にただ、耳を傾けた。