確かにもともと体調は、少し悪かった。朝から立ちくらみでふらっとしたり、お昼も食欲がなくて普段だったらガッツリいけるロースカツ丼を前にその脂っこい匂いだけでお腹いっぱいになり箸をつける気が起きなかったり。我ながら馬鹿だが、その程度の体調不良ならなんとかなると思っていたのだ。

自分のことは自分が一番よくわかっていると思っていたが、自分で思うよりも、私の体調はグロッキーだったらしい。夏休み中の部活帰り、徒歩の友人たちと別れて、改札を抜け、一人で乗り込んだ電車のドアのそばに佇んでいた。佇んでいるというほど余裕はなく、手すりを掴む手に力を込めてなんとか喉の奥からこみ上げるものを抑えこんではみる。しかしいい加減限界が近い。視界の端に青のジャージ集団が目に入り、青って目に優しいなぁなんて気を紛らわそうとしてもやはりこみ上げるものはこみ上げる。それでも周囲に変に注目されたくなくて、別に普段通りですが?みたいな顔を保ち続けた。こんな日に限って席が空いてないって厄日以外の何物でもない。
もう駄目だと思い、ここで醜態を晒すより床でもいいから座って気分を落ち着かせ、あと1分もしないうちに着くであろう駅まで耐えたほうがいい。うんそうだそうしよう。そう思ったときにはもう急激に足の力が抜けて、ガクンとその場にしゃがみ込んでしまった。しゃがんだってよりは崩れ落ちたと言ったほうが近いかもしれない。けどそんなことはもうどうでもいいから早く駅に着いてほしい。さっきから駅のトイレで吐いてる自分を想像してなんとか気を楽にしてるけど流れてる景色なんかもう体調悪化させる害でしかないしこんなのもう嫌だ自業自得ですけどね!?

「大丈夫ですか!?」

駅に到着したことを告げる気の抜けたアナウンスに混じって、誰かの声が聞こえた。いつの間にやら背の高い青ジャージ集団の一員が私のそばにしゃがんでいた。え、これ私に言ってる?いやこの車両内で心配されるような状況のグロッキー人間私しかいなかったはず。背の高い青ジャージさんは心配そうに私の顔を覗きこみながら体を支えるように背中に手を当ててくれた。しかしそれだけで良くなるような体調じゃない。完全グロッキーですもう限界。口元を手で抑えながら無言で首を振るしか力を使えない。首横に振ったの分かったかな、伝わったかな。

「やばいかな…ちょっと我慢してね?」

例の青ジャージさんはそう言って、しゃがんだまま動けない私の体を容易く抱えこみ、電車を降りてホームをかけた。私は青ジャージさんの胸元に刺繍された海という字と常という字を無心で眺めることしか出来ず、ホーム内の好奇の目を抜けて、女子トイレまでなんとか到着。耐えに耐え抜いたものの完全に限界だった私は本来手を洗うはずのそこに思いきりぶちまけてしまった。ああ情けない。ほんと高校生にもなって体調管理も出来ないって、それってどうなの…

「げほっ…うえ…」
「もう我慢しないで大丈夫ですからね」
「ぐっ…すいません、本当に…」

一通り戻したのと、青ジャージさんが背中を摩ってくれたのとでだいぶ楽になった気がした。もう大丈夫ですよ、なんて優しい声色が心に沁みる。けど今は、その優しさがちょっと痛いんだ、情けなさすぎて。
いつ現れたのかはわからないが見ず知らずのおばちゃんまで心配してくれて、トイレットペーパーで髪や服を拭いてくれた。情けない。そしてこれまた見ず知らずのお姉さんが駅員さんを呼んでくれたようで、とりあえず駅で休ませてもらい、親に迎えに来てもらうことになった。3度目になるがほんと情けない。青ジャージさんに戻したものをかけたりしなかったのは不幸中の幸いかもしれない。私にとっても彼にとっても。

駅員さんに誘導される頃には青ジャージさんはどこかへ行ってしまった後だった。ろくにお礼も言っていないのにと思ったが今一人でうろつけばまた見ず知らずの人に迷惑をかける。もうそれは駄目だ、あっちゃならない、それこそ羞恥で死にたくなる。
とにかく青のジャージ、海常の文字を忘れないようにしよう。海常ってなんか聞いたことがあるし、絶対に、なんとしてもあの人にお礼とお詫びをしなければ。