2213年、春。
前の審神者さんから引き継いだ本丸で、刀剣男士たちの主として過ごし、1年以上の月日が流れた。

路地裏の日陰に、名残りの雪が白く固まる3月の頭。ほのかに温い夕焼けがとろとろと崩れ落ちてゆく、万屋の帰り道。
もうじき、本丸の塀沿いに植わった沈丁花の香りが香ってこようという時、私は意を決して足を止めたのだった。


【私はそれを伝えたい】


「南海先生、あの!」
「ん?」

私に歩幅を合わせ、ゆったりと歩いていた南海先生は、薄い唇でゆるやかに弧を描くいつもと変わらない笑みを浮かべ、体ごと私のほうを振り返った。

「あの、私……」

固く押し留まろうとする言葉を絞り出すように、握り締めた拳で胸のあたりをぎゅっと押さえ、大きく深呼吸をする。
自分の気持ちに気づいてから、夏が終わり、秋が来て、いま、冬が終わろうとしている。
私には、ずっと言いたかったことことがある。

「好きです」

南海先生の顔も見られず、瞼をぎゅっと閉じたまま。口にした一言が、南海先生に届いたのかも分からない。
おそるおそる瞼を開けて、

「南海先生のことが、好きです」

と、同じ言葉を再びなぞる。
とても顔を見られなくて、南海先生の足元ばかり見ていた私の頭上に、すぐさま明るい声が降ってきた。

「おや、光栄だね。僕もだよ」
「えっ」

とんでもなくサラリとした返答に、ぎょっとしながら南海先生の顔を見上げる。
にこにこと、いつもの笑顔より数パーセントばかり嬉しげに細められた目からは幾らかのゴキゲンっぷりが見てとれるが、え、これは。

「……え、あの、私が言った好き、の意味……わかってますか?」

大変失礼なことを聞いていると分かっていながら、ここで確認しなければ一生確認しそびれ続けるような気がして、聞かずにはいられなかった。
しかし、当の本人は、そんなこと全く気にしていないような顔で、

「勿論。恋愛感情でもっての好き、なのだろう?」

と、またしても涼しい顔で言ってのけ、笑顔のまま小首を傾げた。

「え、あ、う、ハイ……」
「はは、顔に書いてあるよ」

細長い人差し指で、ぴ、と顔を指差しながら笑う南海先生は、さっき確かに、間違いなく「僕もだよ」と言った。
つまり、私が恋愛感情でもって、南海先生と男女の仲になりたいと言ったことを理解していながら『同じ気持ちだ』と言った、ということになる。
のだろうか?

「えっ、あの、南海先生は、私の気持ちを受け入れてくださる……ということですか?」
「そうだが?」

なお「然もありなん」というような顔をしている南海先生を前に、私はついに言葉を失った。

「そ……ええ……」
「おや、なぜ引き気味なのかね」
「や、あの、信じられなくて」

逆に、どうして南海先生はそんなにあっさりと受け入れてくれたのか。
ひとり混乱するばかりな私を置いてけぼりにしながら、南海先生はいっそう機嫌よさげに口を開いた。

「僕も信じられないよ」
「え?」
「いや、失礼。何でもないよ」

ふふ、と小さく笑い声を上げた南海先生は、ひとつ小さく息を吐いて、静かに、ゆるやかな動作で瞼を下ろしていった。

「これで、ようやっと言える」

と、一言ひとこと、南海先生は感触を確かめるように、ゆっくりと言葉を並べる。

南海先生が、今から言おうとしていること。
それが一体何なのか。

私には、見当もつかない。