■ ■ ■

春爛漫。
人々は春の陽気に浮かれて騒ぎ、春の訪れと共に開かれた市もその年一番の盛況となる。その日も、市の通りは老若男女問わず、様々な装いの人々でごった返していた。
「……さて、ここはどこでしょうか……」
若草色の春らしい可愛らしい着物に身を包んだ少女は人波に押し流されながらため息をついた。彼女の名は、さよ。周囲の人々の幾らかがそうであるように、彼女もまた、その仕える主人から買い物を頼まれてこの市にやって来たのだった。主人から何を買ってくるよう頼まれたのかというと、
「お嬢様は確か、素敵な反物か美味しそうなものがあったら買ってきて、と仰ってましたね。…ああ、あと墨と羊皮紙も頼まれましたけど、……」
さよは周囲を見回して小さく首を傾げる。
「取り敢えず、ここはどこなんでしょう」
彼女は迷子であった。

「あのー、大丈夫ですか?」
突然声を掛けられて、さよは驚いて顔を上げた。
「……はい?」
目の前に佇んでいたのは、空の青さを映した海のような色をした髪の特徴的な、人懐っこい笑顔を浮かべた少年だった。纏う雰囲気もどこかふわふわとしていて、可愛らしい。
「さっきから辺りを見回しておられたんで、もしかして迷ってるんじゃないかなー、と思ったんですけど……」
もしかして、違いました?そう小首を傾げる青年に、さよは慌てて否定した。
「いえ、合ってます、大丈夫です。……いやー、人波に押し流されちゃって……お嬢様に反物か食べ物、それと墨と紙を頼まれたんですが、よろしければ案内して貰えませんか?」
「反物……はちょっと分かんないですけど、墨とかなら分かりますよー。……ええと、」
「さよです。それでは、申し訳ないのですが、お願いしても?」
「はい。オレは真波です、それじゃあさよさん、」
真波と名乗った青年はにこにこと頷き、さよの手を取って歩き始めた。


◇◆◇


舞台は変わって、神域の森に程近い広大な屋敷の一室。市の喧騒とはほど遠く、時折小鳥の囀りが聞こえてくる以外は静けさに包まれたその場所で、ひとりの少女は書物を片手にため息をついた。
「……さよ、遅いなあ……」
そして、痺れを切らした少女が立ち上がるのと屋敷の戸ががらりと開くのは同時のことであった。
「遅くなりました、さよです。お嬢様、只今帰りました」




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