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それは突然、だった。
星もない暗い夜、冷たい兵舎の無機質な静寂を破る銃声、施設に鳴り響く警報の音。──襲撃だ、誰かが叫ぶ。
「...リル、」
隣にいたミアが、怯えたようにわたしの名前を呼ぶ。
「大丈夫──大丈夫だから」
安心させるように、わたしよりも年下の彼女の頭をぽんぽんと撫でていると、わたしたちの押し込められていた部屋のドアが蹴破られ、黒いマントに身を包んだ男が姿を現した。剣呑な音に、ミアがわたしの服をぎゅっと掴む。
「...貴方は、何者なの」
鋭い声で誰何したわたしに、フードを被っている所為で顔ははっきり見えない彼は、自分は反政府組織の人間だと名乗った。自分はここを解放しに来たのだとも。
「君たちは逃げろ!ここから、今すぐに!!」
茫然としていたわたしたちは、その声に弾かれるように走り出した。ひたすら走る、走る、走り続ける。背後からはわたしたちの逃亡に気づいた数人の職員の怒鳴り声が聞こえてくる。ぎょっとして思わず振り返ると、きっとマントの男たちが火を放ったのだろう、暗闇の中で燃え上がる兵舎だった施設が目に入った。──いつしか、一緒に逃げていたミアも同室の他のメンバーも、すっかり散り散りになってしまっていて、彼らの怒声の届かないところへと、唯々わたしは逃げ続けたのだった。
+++火の手の上がる彼処から逃げ出して、どのくらい経っただろう。太陽はすっかり昇りきり、空はすっかり明るくなっていた。──ミアは無事なのだろうか。追手はもういないのか。それとも隠れているだけだろうか。...それにしても、お腹が空いた。空腹で回らない頭でごちゃごちゃと考え事をしていると、不意に羽交い締めにされた。
「...やっと見つけたぞ、この裏切り者の怪物め」
「...あーあ、ようやく撒いたと思ったのに」
ハッとして相手を確認すると、施設の職員のひとりだった。身を捩ってどうにか拘束を逃れ、相手を睨みつける。
「大人しく俺たちの下に戻って来い──化物と蔑まれたくなければな」
「誰が戻るか、あんな地獄に」
偉そうに言い放った男の脳天に手刀を叩き込んで、わたしはまた逃げ出した。そしてわたしは見事逃げ果せた──と言えれば良かったのだが、あいにくそう事は上手く運ばず。走れば走るほどに増えていく追手の人数に、もしかすると待ち伏せでもされていたのかと内心疑いたくなった。そうしてしばらく逃げ続け、目の前に広がった光景にわたしはあーあ、とため息を漏らした。気がつけば、町の裏の海岸に出てしまっていたのだ。少し離れたところには、割と大きな船が停泊している。...見たところ商船では無さそうだが、何の船なのだろう。
「うわ、丸腰の女の子1人に4、5人が寄って集って銃向けるなんて、酷いなあ」
あっという間に、どこからともなく集まってきた男たちに囲まれてしまう。
「巫山戯るのも大概しろ、"銀の怪物"」
忌々しそうに呪詛が吐かれ、正面の男がこちらを睨みつけたまま引鉄を引く。それを交わしてふっと視線を背後に向けると、わたしの避けた弾丸は人影に向かってまっすぐに飛んでいた。遠目だからはっきりとは見えないが、たぶん男性だろう。光を受けてきらきらと輝く緋色の髪、なんだか話に聞く海賊のような格好をしているけれど──
「──危ないッ」
さっき避けた弾丸が肩に撃ち込まれる。
「...ちょっと、痛いな...」
どうにかそれだけ呟いて、驚愕に染まる男の表情を視界に捉えたまま、わたしの意識は薄れていったのだった。
銀と赤の邂逅
レイアウト若干修正(03. 06)