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──夢を見た。昔の夢だった。懐かしい、と言えるようなあたたかさは持たない、何方かと言えば昏いほうの記憶だった。

その人は言った。

「リル、お前は──」

その人は博士、と呼ばれていた。彼は、施設に併設された研究所のリーダーであり、わたしの身体を人間のそれから逸脱させた人だった。

その頃のわたしは、毎日戦闘訓練に明け暮れ、日に日に力をつけてきていた。海賊や山賊の討伐命令が下ればすぐに駆けつけ、無心で襲い掛かってくる敵を薙ぎ倒す。返り血を浴びても平気な顔で相手を始末するのが日常だった。

「...頼む、見逃してくれ!俺には東の海に妻子がいるんだ、まだ子供も小さい!どうか、…」

追い詰められた敵がそう言ってわたしに縋るような目を向ける。少しだけ目線を下げて、ちらりと相手の様子を窺うように見れば、その顔は真っ青で、わなわなと震える手を隠そうともしていなかった。余裕が無いのだと言わんばかりの様子にため息を漏らしそうになる。確かこの男は船長だったはずだが、仮にも部下の命を預かる立場にあるというのに随分と情けないものだ。縋るようにコートの裾を掴んできた手をぱしりと振り払い、わたしはあっさりと男の脳天を撃ち抜いた。
パチパチ、と起こった拍手の音に背後を振り返ると、白衣を身に纏った初老の男性が腕を組んで此方を見ていた。

「、…博士、」
「ご苦労、我が成功例よ」

にんまりと満足げに笑みを浮かべるその人に、どうも、と小さく会釈だけして、無感動に顔についた返り血を拭う。その様子を見て、彼は不意に、至極愉快そうにこう言った。

「リル、お前は...まるで機械か化物の様だな。心を持たない機械人形オートマタだ。正に我が傑作、最近の働きも申し分無い...間違いなくお前は理想の兵器だ」
「.....」

何も言わないわたしにくるりと背を向けて、博士はどこかへと歩き去っていった。「精々これからも頑張ってくれ給えよ」という言葉だけを残して。

──そこで目が覚めた。

勢いよく布団から身を起こし、大きくため息を吐く。額に貼り付いた髪を乱暴にかきあげて顔を顰める。夏島の海域にでも入ったのだろうか、随分と汗をかいていた。額に滲んだ嫌な汗を拭うと、思考に纏わり付く悪夢の残滓を振り払うようにぎゅっと強く目を閉じた。どうしてこんなときに、あんなことを言って貰った夜にこんな夢を見てしまうのだろう。お前はその過去から逃れられはしないのだと、暗にそう言われているようで暗澹とした気分になった。キッチンに水でも飲みに行こうか、と立ち上がりかけたが、いや、と思い直してベッドの端に座り直す。酷い表情をしているかもしれないと思ったのだ。誰かに──シャンクスやベックマンに出会って、表情の暗さを指摘されるのが、その理由を問われるのが、ただ怖かった。

「まだ、言えないことが...あるんだよ、シャンクス」

小さな声でぽつりと呟いた一言は、誰に届くこともなく暗闇へと融け消えてゆく。宴のあと、すっかり寝静まった船は静かに、ただ夜の中にひっそりと浮かんでいた。
幻世の海に沈む
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