社会に出れば楽しいことがなくなるのだろうか。
そう考えてしまうほどにナマエは疲れていた。
世の中にはたしかに楽しく素敵に生きている大人もいるが、自分はそんな大人になれない予感がする。

小・中・高とそこそこの学校でそこそこの成績。
大学は学費を理由に国公立を目指し、合格した後もバイトと無意味な飲み会に明け暮れていた。
そんな生活でも親に迷惑はかけまいと問題のない成績で大学を修めることができた。
そして就職難と言われる時代になんとか第一志望の会社に入社することができた。

これが数か月前の話。

夢と希望を抱いて働き始めるが、だめなのだ。
社内の空気があわないのか、それとも上司とあわないのか。
遠回りでも確実に心にくる新入社員いびりがそこにはあった。
常識はずれの残業もあった。
同期の中ではすでに心か体を病みかけている人もいる。
そういうところに私は入ってしまったのだ。
人並みにタフだと自負していたが、この状況にこれからも堪えられるかどうか分からない。
今日も上司の小言を長々と聞かされた。
意識的に聞かないようにしてると不思議なことに耳に入らない。
でも表情からもこちらの心をえぐるので傷心は避けられない。
寝ても明日にはまた今日みたいに嫌なことだらけなんだろうな。
そう考えながらベッドの中で目を瞑り寝返りをうつとふわっとした浮遊感があった。


「ッ!!!痛い・・・・」


すぐに背中に衝撃が走る。
ベッドから落ちちゃったかーあんまり動いてないと思うんだけどな
立ち上がろうと床に手をつく
むにっ
予想外に柔らかい感触に驚いてまた座り込んでしまった
むにっ?
床ってこんなに硬かったのかな?
そこでようやくぼんやり眼を開ける
灯りを消したはずなのにやけに明るい
壁も見覚えがない
明晰夢ってやつなのかな
寝ぼけていた頭がだんだん冴えてきた
臭いのだ
とにかく鉄臭い


「なになに?」


ひとまず触れた柔らかい床がなんなのか確認しよう。
ナマエが座ったまま下を見ると自分とは異なる肌色が覗く。
もっと状況を確認しようとそのままあたりを見回そうとしたが、ある一点で視線がとまってしまった。


「・・・ふむ」


視線の先にはDIOっぽいコスプレをしているすごくレベルの高いコスプレイヤーの顔があった。
たっぷりと置かれた枕に頭を沈めているだけでかっこいい。
一言考えるような仕草をしながら発する声は一般的に聞いても良い声の部類だ。
ちなみにある程度見回してさらに気づいてしまう。
いわゆる騎乗位という体位でコスプレイヤーさんの上に全裸で乗っかっていたと思われる女性の背中に私がさらに乗っかってしまっていることに。
すごく分かりにくいかもしれない。
現状を簡単に言うなら下からDIOっぽい人、見知らぬ女性、私の順に積み重なっているのだ。


「ごめんなさい!!!!大丈夫ですか?」


ナマエはすぐに女性の上から飛び退く。
怪我をしていないかと夢の中だが心配してしまった。
急いでどいた先もまだベッドが続いている。
どれだけこのベッドは大きいんだ。
こんなベッド初めて見た。
夢の中だから実際にはないサイズかもしれない。
大きなベッドの上で女性に声をかけるが返事がない。
下手に体を動かしても良いのかわからず女性に触れようとした手がためらわれる。
人殺しをしてしまったのかもしれない。
殺してはないにしても怪我させたのかもしれない。
夢見が悪いなあ。


「おい、女」


「え、あ、はい」


どもりながらもなんとか男性に返事をする。
男性はというとおもむろに女性の体を片手で掴むと、ベッドの外へと放り投げた。
言葉通りの意味だ。
まるでボールでも投げるようにポーンっと飛んでいく女性の肢体。
同性から見てもうらやましいナイスバディが描く放物線から目が離せない。


「何者だ」


そう尋ねられて顔を男性の方に戻す。
男性の頭上にはザ・ワールドがいる。
とうとう夢にまで出てきたか。

ナマエはジョジョの奇妙な冒険が大好きだ。
心の支えとは言いすぎかもしれないが、何回も読み直す作品の1つなのだ。
その中でもDIOが一番好きだからって夢に出てくると自分でも驚く。
するとこの男性はコスプレイヤーではなく、DIOということになる。
そうかそうか。今日はそういう夢か。


「あ。ザ・ワールドだ」


思わずつぶやいてしまった私にピクリと眉を動かすDIOが目の前にいる。
先ほどまでは佇んでいたザ・ワールドはファイティングポーズをとっている。
ヤバイかもしれない。


「何者なんだと聞いているんだ」


不利な状況に陥ったからと言って嘘をつくのも不味い。
好きなキャラに殺されるなんて夢見が悪いにもほどがある。
ただいま感じている緊張だけでも良い夢とは思えないが、せめて起きるまで生きている夢を見たい。
むやみに嘘をつく必要もないだろう。
正直に自分の名前を伝える。


「私はミョウジナマエです」


だが余計なことは伝えない。
尋ねられたら答える程度にしよう。
ナマエはDIOによる尋問の始まり感じた。


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