故意の駆け引き
「よぉベック、聞いたぜ。ついにあのナマエチャンを落とせそうなんだって?」
酒瓶を片手ににやりと笑って、シャンクスが隣に座り込んできた。
「手強かったじゃねぇか。お前が女にそこまで時間掛けてんのは初めて見たな」
普段は欲を吐き出せればそれでいいので、静かな酒場ででも気の合う女を見つけて抱いて、大抵は一晩でお互いに満足して終わりだった。だが、ナマエは違う。穏やかそうな笑顔とは裏腹に、怒濤のように棘のある言葉が溢れている。そのくせいつもさらりとかわして捕まえさせない。命のやりとりを別にすれば、こうしてぎりぎりの所を歩いて渡るような駆け引きというものは久々だった。
「…ベック?珍しいな、そんな顔をしているのは」
傍らで相棒が面白そうに笑ったのを横目に見て、ベックマンはふぅ、と白煙を吐き出した。
「…おれが、どんな顔をしてるって?」
「そうだな、何か悪いことでも考えてるってェ顔だな」
「…そうか」
くつくつと喉を鳴らして笑う。心底楽しんでいる自分を自覚すればまた可笑しく、喉を潤す為にくいっとグラスを持ち上げて酒を飲みほした。そのまま席を立ち上がる。
「おい、どこ行くんだ」
「長期戦になりそうだからな、とりあえず煙草の匂いくらいは消しておくとしたもんだ」
後ろ手にひらりと手を振って、ベックマンは風の吹き始めた夜の街を歩き出した。