純真を装う
「…ねぇ。もしも、船に“すぱい”を乗せちゃったらどうする?」
「…スパイ?誰に聞いたんだ、そんなこと」
「この本」
シャンクスの怪訝そうな問いに答えて、ナマエは持っていた本を掲げた。この前ベックマンに買ってもらった小説本だ。
「…どんな本読んでんだよ」
シャンクスが微妙な表情でぼやくのを聞き流して、ナマエは尚も続ける。
「あのね、その子はかわいくてね、笑顔がステキな女の子なの。ずっと、仲間だと思ってたけど、でも実は“すぱい”なの。それで、敵にじょーほーを売っちゃうの。…もし、おかしらがそんな状況になっちゃったらどうする?」
そう問うナマエの瞳に浮かぶのは、純粋な好奇心と、…僅かばかりの期待だった。
いつになく真剣なその様子に、シャンクスはうーんと頭を捻った。またもや難しい質問だ。
「…うーん…まぁ、取り敢えずそいつを叱るかなァ」
「叱るだけ?…じゃあ、その子のせいで、大事な仲間が傷つけられたら?…死んじゃったら?」
あまりにも真剣なナマエの瞳につられて、シャンクスの表情も俄に険しくなる。
「…そいつもそれだけの覚悟で裏切るんだろうから、そん時ゃ――それに見合った行為を返すだけさ」
ま、先にたぁっぷり話は聞かせてもらうがな。
そう不敵に付け加えたシャンクスに、ナマエは無邪気に首を傾けた。
「…ふぅん。おかしらは優しいね」
「何でだ?」
「同じ質問をふくせんちょーにしたらね、
――――間違いなく、分かった瞬間に俺はそいつを、撃つ。
って言ってたから」
シャンクスは思わず息を呑んだ。低められた声と口調に、ベックマンがナマエに対して真剣に“本音”を語ったのだろうと容易に想像がついた。
「…そりゃァ…怖ェな」
「うん。でもきっとそれで良いのね」
ふふ、とナマエは無邪気に笑った。…“ステキな笑顔”で。
「ふくせんちょーが厳しくて、おかしらがどっしり構えてて、…それで良いの。きっと、それが良いの」
シャンクスは言葉を失った。幼女だなんてとんでもない、今の笑顔は確かに、柔らかくて強かな、…オンナの、ものだった。
「…ねぇ、おかしら。わたし、みんなのこと、好きよ」
シャンクスは、自身の相棒の、「…俺にゃァあいつが時々、成熟したオンナに見える」という台詞を思い出した。その顔形はまるっきり幼女なのに、紡がれる言葉だけが不自然に大人びていて。
「…ナマエ、お前、」
「あのね、おかしら。この本じゃ、その子は最後に自殺するの」
そう語るナマエの顔はあくまで無邪気で、あどけない。
「ばかな子ね、…どうせ死ぬなら、わたしだったら裏切るまえに自殺するのに」
言葉を失ったシャンクスは、どうにか唾を飲み込むと、ゆっくり口を開いた。
「…死ぬとか、言ってんじゃねェ」
やっとの事で言葉を絞り出してそれだけ伝えると、ナマエは満面の笑みで本を閉じた。
「ふふっ、当ったり前!こんなに楽しいのに、死んじゃったらもったいないもん!」
その笑顔は正真正銘いつものナマエのもので。
「そうか」
それだけ言って、シャンクスも笑った。