旅のはじまり
「それで、あなたは?五人目のお客かしら?」
「…あぁ?」
この場にいるのは、魔女と店の者らしき少年を除けば、眠っている少女をふくめて四人。黒鋼はあたりをきょろきょろ見回した。
「…四人だろうが」
「いいえ、そこにいるのよ。…あなたたちの右側、そこの石のちょうど上あたりに」
侑子が詳しい場所を述べると、そのあたりがぽぅ…と淡く揺れた。
「出てらっしゃい」
淡いゆらぎは人影になり、やがて人が現れた。深くかぶったフードに、手元足元まできっちりと覆い隠す衣服。僅かに見えている顔や首の露出した部分には包帯らしき布が巻かれている。それまで全く見えなかったその姿に、その場の誰もが目を丸くした。
「…気づかなかったなー。恥ずかしがり屋さんなのかなー?」
驚いた表情を消して、間延びした口調で言ったファイに、侑子は笑んだ。
「恥ずかしがり屋なのは 確かね。その子が見えないのはそれが理由ではないけれど。…あなたたちが認識するまでは見えなかったでしょう。その子はね、透明人間なの。認識されない限りは、肌だけでなく身にまとう服すら見えない。…そういう子なのよ」
そして侑子は、ナマエというらしいその者に向き合った。
「それで?あなたの願いは?」
黒鋼とファイはその透明人間の様子をじっと見つめていた。宙に浮く衣服は微かに身動きしたが、それだけだ。しかし侑子は何かを聞き取ったようにうなずいた。
「…そう。分かったわ」
侑子は問題なく会話を交わしているようだが、透明人間の返答は周囲には聞こえない。見えないだけでなくその声まで聞こえないらしい。
「対価が要るわ。あなたの場合……その、服」
沈黙。どんなやりとりをしているのかは分からない。
「…ええ、そうね。その服には強い力が込められているから。…大丈夫、モコナにはあなたが分かるわ」
ややあって、侑子がにやりと笑った。
「え?裸になっちゃうから恥ずかしいって?どうせ見えないじゃない。……冗談よ、着替える場所と代わりの服は用意してあるわ」
侑子がす、と指を動かした。するとナマエの傍に服の入った籠が現れ、周囲が大きな布のようなもので四角く覆われる。ごそごそと衣の擦れる音がして、…しばらくすると無音になった。
中から、服が現れる。シンプルな半袖のシャツと黒いズボンだ。腕があるべきところは何もない。顔も首も髪の毛も見えない。服が少しふくらんで動いているだけだ。異様な光景。
「似合ってるわよ、ナマエ」
侑子は少し切なげに、笑った。