君を守るため2

「あれえ、博士んちの隣のお兄さんだー!」
「君は確か…少年探偵団の、歩美ちゃんですね?今日は一人でここへ?」
「ううん!ママと一緒だよ。ほら、あそこ!」

 指さした先には母親らしき女性が手を振っている。デパートに小学一年生が一人で来たわけではないらしい。

「もう学校は終わってるんですね。…困ったな、ナマエさんの方が先に家についてしまいそうだ」
「ううん、歩美たちは今日午前中授業だったの!ナマエお姉さんは五年生だから、まだだと思うよ!」
「そうですか」

 ここは米花町のとあるデパートだ。歩美はふと沖矢の手元に目を向けた。その手にはかわいらしいウサギのぬいぐるみが握られている。
 歩美は目を丸くした。

「昴さん、そういうの好きなの?」
「いや…ナマエさんへのプレゼントを探しているんですよ。とてもいいことを教わったので、そのお礼にね」
「いいこと?」
「おいしいスクランブルエッグの作り方ですよ」
「へえー!いいなあ」

 目を輝かせた歩美に、沖矢は柔和な笑みを浮かべた。赤井と違ってこの人物は子どもにも優しいキャラクター設定がなされている。

「いつか少年探偵団のみなさんにも料理をふるまってあげますよ」
「ほんと?楽しみ!」
「ええ。…そのかわり、と言っては何ですが、プレゼントを選ぶのを手伝ってもらえませんか?」
「うん!いいよ!」



「…で、私へのプレゼントがこれ、と……」
「お気に召しませんでしたか?」
「…気持ちですから、ありがたく受け取りますが…。朝食を作ってもらった私の方こそ何かお礼をするべきなんじゃ?」
「そんな、とんでもない。料理は好きでしているので。煮込み料理はナマエさんのお母さんに教わっているのですが、朝食にまで煮込みというのはちょっと…」

 かわいらしい包装紙の下からでてきたのは、シックな英国紳士風の衣装を身にまとったティディベアだった。灰色の毛並みに、赤いリボンが巻かれているのが印象的だ。

「…………あなたがデパートのおもちゃ売り場でこれを握っている姿が想像できないんですが……」
「そうですか?まあ歩美ちゃんも一緒にいましたが、最終的に選んだのは私ですよ」
「……へ、へぇー……」

 腕を上げ下げしたり、リボンをつついたりしているナマエの姿に、沖矢はふっと笑った。

「できればベッドサイドにでもおいてもらって、君の寂しさを少しでも和らげてくれるといいんですが……」
「………」

 ふと、ティディベアを弄るナマエの手がぴたりと止まった。その手が恐る恐るティディベアの中を探る。沖矢はそ知らぬふりで眼鏡を直した。

「……………沖矢さん………」
「何か?」
「………あの……私、信じてますからね?」

 その言葉に、沖矢はしれっと笑顔で答えた。

「…何のことかはわかりませんが、君を裏切るようなことはしませんよ。コナン君同様、君がいなければ私はここにいないのですから」

 来葉峠での死体すり替えトリックにはナマエも一枚噛んでいる。作戦を立てたのは恐らくあのボウヤだろうが、コーティングや防弾チョッキ、血のりや銃声に反応して爆破する仕掛けなどを博士と共に驚くほど円滑に用意立ててくれたのは目の前のこの少女だ。赤井は驚きつつもそれに感謝していた。まるで予想していたかのような円滑さはいっそ疑わしいほどだったが、あのコナンも認めるほどの少女となれば納得がいく。
 そして、恩ある少女に、万が一にも倒れられるわけにはいかないのだ。そのためならば手段は選ばない。

「かわいがってあげてくださいね?」
「…………………大事にします」

 何とも言えない表情で、ナマエはティディベアを抱きしめたのだった。



「あれ?オメーの部屋にこんなんあったか?」

 妹に借りていたMDを返しに、久しぶりに実家の妹の部屋へ入ったコナンは、何気なく見つけたティディベアを見て首をかしげた。たとえ妹の部屋であろうと些細な変化にまで目につくのは、もはや探偵の職業病だ。

「ああそれ、沖矢さんにもらった」

 さらっと驚きの事実を述べたナマエに、コナンは「へーそう、昴さんに…」と一瞬流しかけてから、固まった。

「はあっ!?」
「うるさい…」
「あ、ああ、わりぃ。…じゃなくて、あの人が本当にそんなことすんのかよ?」
「こんなんで嘘ついてどうするの。ちなみに名前はレディ・グレイ」
「……名前まであんのか。しかもレディ…」

 グレーの毛並みと自分が好きな紅茶の種類を掛けたのだろう。コナンは、ハハ…と乾いた笑いを漏らした。沖矢昴の中身を考えると、こんなかわいらしいティディベアを手にしている姿など、全く想像がつかない。いっそその場を写真に収めたいほどだ。

「よっぽどシュウイチって名前にしてやろうかと思ったけど。止めといた」
「おいおい…」
「ベッドサイドに置いておくのに男性名ってのも嫌だしね」
「それは関係ねーだろ?」
「気分的な問題だよ」
「あっそう…」

 コナンは灰色の熊を抱き上げて、隅々まで観察した。タグに書いてあるメーカー名はそこそこ名の通ったもので、沖矢の趣味の良さがうかがえる。縫製もしっかりしているが、赤いリボンだけは後から付けたもののようだ。

「ん?」

 リボンを眺めているうちに、コナンはふと違和感を覚えた。リボンで隠されている首の後ろに、巧妙に隠された不自然な縫い目がある。
 もっとよく調べるためにリボンを解こうとしたコナンの手から、ティディベアがひょい、と奪われた。犯人はナマエだ。

「おい、そのティディベア…」
「いいの」
「いいのってオメー、まさか気づいて…」
「別に、いいの」
「……………」

 と、絶妙なタイミングで部屋の扉がノックされた。コナンはばっと振り向いたが、もちろん入ってくる人間は一人しかいない。沖矢昴だ。

「コーヒーを淹れたんですが、よければどうですか?」
「あ、う、うん。今行くよ」
「それじゃ、私も」

 ぱたん、とドアが閉まり、赤いリボンを巻いたティディベアは部屋にひとり取り残されるのだった。



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