毛利小五郎成り代わり5

 目が覚め、そろそろ見慣れた天井をぼーっと数分眺めた後。今日は土曜だ、とふと気づいた。いや、探偵業にとっちゃ恐らく一般的な週末は休みとは限らないのだろうが。というか小五郎に至っては休む日が休日だ。

(あー……腹減ったな……)

 “今まで”なら作ることの面倒さにかまけて昼前までごろごろし、適当にコンビニかどっかで何か買ってくるか、あるいは仕方なく自分で作っていたりしたが。
 今ではデキる娘がいるため甘えっぱなしである。

「おーい、蘭ー?」

 おい蘭、メシー、の一言でご飯が出てくるのは正直恵まれ過ぎだし小五郎はもうちょっとどうにかしたほうがいいと思うが。

「あれ、いねぇのか」

 あーそういえば昨日部活の試合だからどうのこうの言ってたような気がする。コナンは博士んところに泊まるんだっけか?キャンプとか言ってたような気も……

(あー……一人かー……)

 なつかしいな、この感じ。
 だなんて一人感傷にひたってみるも、似合わないし、そこまで繊細な心の持ち主でもないのでひたれなかった。ので、とりあえず冷蔵庫を探ってみる。と、冷蔵庫には蘭の試合のスケジュールが貼られていた。蘭の試合は十時から……あー、もう終わってんな。まあ、小五郎はたぶんサプライズで応援に行くようなキャラでもないだろうしいいや。今度適当に理由をつけて一回くらいは見てみたいが。……そういや小五郎って柔道できる設定じゃなかったっけ。いざって時どうすんだ俺、なんもできねーぞ。

(あー……まあいいか……お、ピーマンとタケノコ……豚バラ勝手に使ったら怒られっかなー……これレタス傷んでんじゃねーか?卵も今日までだな……)

 すぐ食べられるようなものは残念ながら見当たらなかった。つまみもない。最近晩酌が減ったと蘭が嬉しそうに言っているのを聞いたので、つまみも減らしたのだろう。別にそこまで酒が好きというわけでもないのでいいのだが。
 そして何気なくもう一度蘭のスケジュールを見てみる。大会全体の日程は七時に終わるらしい。迎えとか大丈夫なんだろうか。頼まれていないが。あれでも一応女の子だし。……いや、夜道で襲われたら襲った変質者の方が心配だな。まあいいや。どうせマンガだしなここ。なんでもアリだアリ。マンガにつっこんでたらキリがない。

 とりあえず昼飯は適当にチャーハンでも食おう。残り物突っ込みゃできるし、卵も消費したいし。中身チャーハンでオムライス風に卵焼きを乗っけても俺は一向にかまわないから、この際いくつか卵を消費しておこう。





 夕方になっても、二人とも帰ってこなかった。辺りはすっかり薄暗いし、夕方の鐘も鳴った。この時間に蘭もコナンもいない状態というのはなんだか新鮮だ。自分の時間という感じがする。いや、普段も日中はぼっちなのだが、さすがに昼間から自分の世界に籠るわけにもいかない。し、夕方には蘭とコナンが帰ってくるという心構えもある。
 ちなみに仕事はしたりしなかったりだ。できそうだなーと思う事件に首をつっこんでみたらアラ不思議、なぜだかちゃちゃっと解決できてしまうのである。こりゃ眠りの小五郎はしばらく誕生しねーな。

(あー……)

 一通り家の探検だのなんだのは済んでいるのだが、この家には男のバイブルというものがない。せいぜいが中学生でも堂々買えるようなグラビア雑誌かそんなもんだ。お前何オカズにしてたんだよ毛利小五郎。まあ女子高生の娘と二人暮らしならそんなもん置いとけないか。掃除も娘任せだしな。コナンが来てからは尚更。せいぜいネットにつないで適当な映像を漁るくらいが関の山である。ネットが普及するのはもう少し先の話らしく、かなりお粗末なものではあるが。

(がんばれ俺の妄想力……!こんな夢見続けるくらいなんだ、それくらいできるだろ……!)

「ただいまー!お父さん、いるのー?」

「うおっとう!」

「わ、何よもー、暗くして。電気くらい点けなさいよー」

 がばり。起き上がりズボンのチャックを上げ右手をぬぐうこと零コンマ数秒。
 パチリと部屋の電気が点く。

「お、おう。早かったなー。七時に終わるんじゃなかったのか。おかえり。ついソファで昼寝しちまってな」

「え?ああ、スケジュール見たの?珍しい、いつもどんなに言っても見てくれないのに。今日は競馬にもいかなかったのね?」

「あ、ああ、まあな……」

「なーんか最近お父さん変わったわよねー」

「そうか?」

「うん……って、何これ!?」

 一度荷物を下ろしてまたすぐ出てきた蘭が、テーブルの上を見て素っ頓狂な声を上げた。

「ああ、それな、青椒肉絲。悪いな、勝手に豚肉使っちまったぞ。何かに使う予定だったら悪かった。あと鍋にレタス入りかきたま汁と、卵尽くしで悪いが卵焼きもあるぞ」

 蘭は愕然とした様子で鍋の中身を確認し、冷蔵庫をパタンパタンと開けて閉め、またテーブルの上に並んでいる料理を見てぽかんと口を開けた。そして、恐る恐るといった様子でこちらに首を向ける。

「お……」

「お?」

「お父さんて、料理できたの……?いやさては、キッドの変装ね!騙されないんだから!」

「え?」

 蘭の顔がみるみる近づいてきて、ドアップになったかと思うと、思い切り両頬をひねられた。いや、どうしてそうなった。

「いひゃいいひゃいいひゃい!」

 いや、まじで、かなりまじで痛い。強すぎでしょお宅の娘さん!?いや俺の娘!?

「……ほんものの……お父さんだ……」

 数分ものあいだためつすがめつ人の体のあちこちをいじくりまわした挙句、蘭は放心したようにぺたんと座った。

「お、おい、椅子に座って、とりあえず飯食おう」

 三十余年も生きてきた人間がこんな炒めるだけの料理一つ作れないってマジか、と小五郎に対して妙な尊敬を抱きつつ、俺は蘭を立ち上がらせた。

「どうして……」

「ん?」

「それならどうしてお母さんと別れたりしたのよ……」

「え?」

「お父さんがもっと早くこうしてくれればよかったんじゃない!!」

 えっまじかそこまで深刻だったのか。ごめんな軽いノリでご飯とか作っちゃって。試合終わって遅くに帰る娘に飯まで作らせるのはどうかと思ったんだが。これからは気を付けるよ。ていうか小五郎、お前蘭が小学生の時とかどうしてたんだ。離婚ってそんな最近の話だったか?中学生とかか?いやまあいいや。

 とりあえず青椒肉絲とレタス入りかきたま汁と卵焼きはおいしくいただきました。蘭はちょっと泣いてたけど本当に意味が分からない。なんでそこまでのダメ男と暮らしててそこまでいい娘になれたんだ?こんな素直ないい子だからてっきり小五郎も本当はやればできる男なんだと勘違いしちまったよ。これから気を付けよ。



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