閉じ込められる

 結局宥めてもすかしても少女は泣きやまなかった。しかし消灯時間もあるので、非常に不本意ながら談話室までスネイプは少女をエスコートしてやった。そして更に不本意なことに、それを見て何をどう勘違いしたのか、マルフォイに寮の一室、常ならば下級生の入れないようなプライベートな空間に二人して押し込まれてしまった。

「ご、ごめんね。何か勘違いされちゃったよね」

「……もういい。あの人はああいう人だからな」

「すごいね、ミスターマルフォイと仲良いんだ」

「そういうわけでもないが…」

 何がどうしてこうなったのか。流石に忍耐も限界を迎えて、スネイプは苛々と足を小刻みに動かしていた。その空気を感じ取っているはずなのに少女は特に気を悪くした様子も無く所在なげに微笑むばかりである。涙はここへ来てようやく落ち着いたらしかった。本当にスリザリンらしからぬ少女だ、とスネイプは思った。

「寮にこんな場所あるんだね。初めて知ったよ。…出方とか分かったりする?」

「…ぼくも初めて入った」

 やたらと上質なソファに斜め向かいになって二人は座った。隣に座るのも対面に座るのも決まりが悪い。

「…………えーと」

 居心地が悪いのはどうやら少女も同じようで、きょろきょろと辺りを見回したり、扉に手を掛けてみたりと落ち着かない。スネイプの方はといえば、ルシウスの性格ではどうせ暫く出してくれないことは分かり切っていたのでもう諦めてソファに腰を落ち着けていた。少女も暫くすると出られないことが分かったのか、先程と同じスネイプの斜向かいに腰を下ろした。

「あ、えっと、そういえばまだ名乗ってなかったよね。私、ナマエ・ミョウジです」

 ぺこり、とお辞儀された。軽く肯いて返すと、彼女は照れ臭そうに笑った。

「………それにしても、どうしようか」

 しかし笑顔はすぐに困ったような苦笑に変わる。確かに、さっき知り合ったばかりなのに個室に閉じこめられても何もできない。スネイプはここが“そういう”目的の部屋なのだと薄々気付いていたけれど、当然そんなことをするつもりは無かった。できれば奥の方にある大きめのベッドの存在に少女が気付かないといいのだが。
もともと地下の部屋である。室内は薄暗く、秋といえど底冷えしていた。ランプに照らされた少女の顔が赤く火照り、瞳が潤んでいるのにスネイプは気付いてしまった。

「………何故泣いていた?」

 誤魔化すように話題を探すが、共通の話題などそれくらいのものしかなく。少女は首を傾げて困ったように笑ったが、やはり話題はそれしかないと思ったのだろう、ややあってぽつりぽつりと話し出した。

「ミスター・スネイプはこんな話興味ないかもしれないけど…」

「構わない」

「私、好きな人がいてね、」

 構わないと言った矢先だったが、スネイプは少女の言葉に内心でうんざりした。どうしてこの年頃の男女ときたら、その手合いのことにばかり話が行くのか。

「私と同じマグル出身の子なんだけど、とっても優しい子でね、家も結構近くて。結構仲が良いんだけど、今日、その子に、私達ずっと良い友達でいようって言われたの。ずっといつまでも親友だって」

 その時のことを思い出しているのか、ナマエの声がまた少し涙混じりになった。また泣いてしまうのか、とスネイプは思わず身構えたが、少女はどうにか涙を堪えたらしかった。

「それは、まあ、良いんだけど、そしたらその子、私にどんな男の人が好きかって聞いてきたの。それで、その子が好きな人のタイプを私に話してきたの。でも一緒に喋れるってだけで嬉しくて、ずっと喋ってた、んだけど…聞けば聞くほど、私って、その子のタイプから離れてるし、そもそもこんな話されるって、分かってはいたけど最初から数にも数えられてないみたいで、悲しくなっちゃって、でも話せるってのが幸せでもう訳分かんなくなっちゃって」

 少女の声には自嘲が混じっていた。何でこんな話を、と思わないことも無かったが、話を振ったのはこちらなので、スネイプは時々相槌を打ちながら話を聞いていた。

「赤毛の髪がチャーミングでね、目はとってもきれいな緑色で。優しくて、しっかりしてて、正義感が強くて…」

 話を聞いている内に、ナマエの想い人がリリーのように聞こえて仕方なかった。けれどナマエはどうみても女生徒だし、まさかそんなことは無いだろうけど。

「見ているだけで眩しくて、もう、何か泣きそうになっちゃって、結局泣いちゃった」

 スネイプは返事らしい返事も返してやれなかったが、それでもナマエは満足したらしかった。聞いたのはこっちの方なのに、話を聞いてくれてありがとうだなんて礼まで言われてしまって、ますますどうしていいか分からなくなる。

「ミスター・スネイプはいる?そういう人」

「………別に」

「そっか」

 リリーの顔が思い浮かんだが、ほぼ初対面の少女にそれを話すつもりはスネイプの方には無かった。酷く冷たい声が出たが、無愛想な態度にもナマエは動じなかった。マグルの身でありながら今までこのスリザリンでやってきたのならばそもそも愛想良く対応される事の方が少ないのかもしれないが。

「ミス・ミョウジ」

 何気なく先程知ったばかりのその名を呼ぶと、何故だか目を丸くされた。間違っていただろうか?と思わず眉を顰める。

「…あ、ごめん、何か、そんな丁寧に呼ばれたの初めてで」

「………それを言うならぼくだってミスターなんて付けられたこと無いぞ」

「え、でもこの寮の人ってみんなそんな感じで呼び合ってない?ミス、ミスターって」

「貴族同士はそうだな」

 確かに自分も生粋の貴族出身というわけではないが、完璧なマグル生まれというわけではない。何となくナマエに同族意識を持たれたような気がして、スネイプは眉間の皺を深めた。
 仲間意識の強いスリザリンでは、身内と認めた者だけ名で呼び、排斥したい者は嫌に丁寧に呼ぶ。それを二人ともよく知っていた。

「私のことは、普通に呼んで欲しいな」

「…ミョウジと?」

「えー、うーん、できればナマエで」

「……………」

「私、セブルスって呼んで良い?」

 馴れ馴れしい奴だと思った。が、ついさっきまで泣いていた少女ということもあって、強く出ることはできなかった。

「…………そもそも、お前はなぜぼくの名前を知っているんだ」

「私たち、同学年だよ?」

「…何だ、つまりお前の名を知らなかったぼくの方がおかしいということか?」

「いや、そうは言ってないけど」

 しかし自分がとうてい社交的な性格であるとも思っていなかったので、スネイプはそれ以上何かを言うことはしなかった。同寮で同学年の生徒など確かに限られている。普通なら把握していてしかるべきなのかもしれなかった。

「…ここ、いつまで出られないんだろう」

「多分、朝までだ」

「え、嘘、ほんとに?そんな…」

「ぼくのせいじゃない。文句ならルシウスに…言わない方がいいと思うが」

 少女は思わず、といったようにソファに深くもたれこんだ。脱力したいのはこっちだって同じだ。

「一晩眠れないじゃない」

「別に、寝れば良い。そこにベッドならある」

 できれば気付いて欲しくなかったが、泣き疲れている少女をソファに寝かせるのもいかがなものかと思い直したスネイプは奥の方にあるベッドを指さした。

「………ええーと、もしかして、ここって……」

 ナマエはどうやらそう鈍い生徒でも無かったらしい。スリザリンに入ったからには当然だが。どうやら部屋の用途に気付いたらしい彼女は気まずそうに目線を彷徨わせた。

「言っておくがぼくは朝までこのソファから動くつもりは無い。お前は好きにしていればいい」

「あー、うん、いや………ミスターマルフォイって………」

「諦めろ」

 ナマエは溜め息混じりに苦笑したが、ベッドの方へ行こうとはしなかった。まあスネイプとて誰が寝たかも分からないベッドになど寝たくは無いが。



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