奇異な気遣い

 いきなり連れてこられた子どもと残された悠舜が、二人して沈黙し、微妙な空気が漂っている部屋に、ようやく旺季が戻ってきた。途端に子どもは警戒するように体を強張らせた。掴まえている小さな手から震えが伝わる。

「何故だ」

 不本意そうにぼやく旺季を思わずじとっと見つめる。

「何かなさったんですか」

「誤解だ。何もして、……いや、まあ、死にかけの重体のくせに一丁前に逃げ出そうとするもんだから鳩尾に一発……」

「………」

「………」

 ごにょごにょと付け足す旺季を悠舜は少々冷ややかな目で見つめた。全くこの人は人がいいんだか強引なんだかお節介なんだか。そういう自分も無理やり息を吹き返させられたのを思い出して悠舜は少しばかり遠い目をした。会ったばかりの子どもに入れ込む道理もつもりも全くないが、ほんの少しだけなら同情しないでもない。

「君も大変でしたね……」

「多大なる誤解を受けている気がするが、……まあいい、そのまま押さえておいてくれ」

 近づいてくる旺季に、まるで野良猫のように子どもは身構えた。しかしいまだに悠舜がその手を握っているせいか、先ほどのように暴れ出す気配はない。その間に旺季はてきぱきと傷のある部分を絞った手巾でぬぐい、薬をつけて包帯を巻いていく。

「それにしても、随分汚れていますね。先に湯浴みをさせた方がよかったのでは?」

「服をはごうとしたら腕を噛み千切られんばかりに暴れられてな。とりあえず落ち着かせる方が先だ。背中や腹には大きな傷はないようだしな」

 とはいえ、子どもは服と呼べるような代物を身にまとっているわけでもない。隠れているのは胴体と足の一部までで、袖もなければ裾も大きく避けていた。悠舜が握っている手にも、砂や泥と一緒に乾いた血がこびりついている。中でも大きな傷は両足の脛から足首にかけての裂傷だった。腱までは切られていないようだが、何のためにつけられた傷であるかは明白。悠舜の足と同じ。逃げられないようにするためだ。よくよく見れば大きな傷がないと旺季が言った背中や腹にも細かい傷はたくさんついている。

「えい、暴れるな。悠舜、反対側の手も掴まえていてくれ」

 その足の傷を診ようとした旺季が、先ほどのような激しい抵抗ではないにしろ子どもの抵抗を受けて動きづらそうに抑えている。悠舜は肯いて、反対側の手に手を伸ばした。また腰を浮かせることになり、一瞬足に痛みが走る。子どもはまた悠舜の顔色が変わったのに気付いたようで、またぴたりと動くのを止めた。しかし反射的になのか、足の傷を触られると動いてしまうのは止められないようで、悠舜の伸ばしていた手に、掴まえられていない方の手を自ら預けて、ぎゅっと握ってきた。足の傷はふくらはぎの裏側にあるので、悠舜の腿に上半身をうつぶせるような体勢だ。

――――…っう〜〜〜〜っ!」

「……っ」

 子どもの、痛みに呻く声が漏れる。同時に膝に負担がかかり、悠舜も僅かに声を漏らした。すると子どもはばっと顔を上げ、何やら申し訳なさそうな情けない表情になって悠舜の上から退こうとした。

「こら、動くな」

 同時に、子どもの下半身を抱えていた旺季がその腕に力を込めたらしく、子どもはまた悶絶して悠舜の体に顔を埋めた。腹の辺りに頭がぐりぐりと押し付けられて、正直くすぐったい。傷のある足元の方には体重が乗らないようにしてくれているので、子どもはやはり悠舜の足の怪我に気が付いているのだろう。旺季が傷に触れる度に子どもは呻き声とも喘ぎ声ともつかぬ声を漏らし、悠舜の手を強く握りしめた。こんなに他人に接触を許すのは、旺季を除けば初めてかもしれない。

 しばらくして治療が終わった頃には、子どもは精も根も尽き果てたようにぐったりとしていた。



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