ミシシッピ川
「あの川、なんですか?」
「ああ、ミシシッピ川だな。」
「ミシシッピ川…あれが。私、上流で笹船流したんですけど、こっちまで来てますかね」
もちろんジョークだ。見つかったらそれこそギネスものだろう。ナマエが往路バイクで通ったミシガンからこのニューオリンズまで、ゆうに1000マイルは越える。ミシガンで流した笹舟がニューオリンズで見つかるなら、兄だってとっくに見つかっているはずだ。
「見に行くか?」
真顔でそんな冗談を言ったシュウに、ナマエはどうにか笑顔をつくって見せた。
ドライバーはシュウに変わり、レイは後ろでまた寝ていた。照れ隠しだろうとナマエは見ている。
「昔、ミシシッピアカミミガメを拾って飼ってたんですよ。川に外来種がいて、邪魔者扱いされてたのを一匹。で、兄が名前を付けたんですけど、何て名前だったと思います?」
「…さあ。ミシッピーとか」
「…………メガミミカちゃんですよ、メガミミカちゃん」
「めがみみか…?ああ、逆さから読んだのか」
「そう。あるいは女神・ミカ、目が耳か、トリプルミーニングでいいだろ?って。ミシシッピとアカミミの要素はどこ行ったんだか」
くす、とナマエが笑うと、シュウも笑った。
「まあ、ウチでは結局女神・ミカが定着したんですけどね。まだ実家にいます」
「…やつらしい」
「え?」
「いや、何でもない。君のお兄さんのネーミングセンスが残念なことはよくわかった」
笑いながら言った言葉には、後ろからつっこみが入った。
「ミシッピーとか言ったあなたも大概ですけどね」
レイはどうやら起きていたようだ。
*
「マイアミの7マイルブリッジには行ったか?」
マイアミの7マイルブリッジと言えば海の真ん中を通る道路で、海中道路として名高い。有名な観光地であるとともに恋人たちのデートスポットでもある。
「え?いえ、行ったことないです」
「そうか。…あそこよりこっちのがいい。見てろ」
「?」
窓はずっと開きっぱなしだ。不意に風がぶわりと広がり、視界が開けた。きらきらと輝く水面が広がる。
「うわぁ…!」
「7マイルの湖面道路だ」
森林を抜けた先、湖面に続く道路は、海中道路のように水面を走っていた。湖にはいくつもプレジャーボートが浮かんでいる。
「マイアミはだめだ。ガードレールと水平線しか見えない」
「恋人とデートにでも行ったんですか?」
「…ああ。レンタカーを借りてな」
まさか頷くとは思わなくて、外に向けていた視線をシュウに向ける。シュウは何食わぬ顔で煙草を吹かしていた。思わず後部座席のレイを見たが、たいして気にした様子はない。それほど分かり合ってる仲なんだ、とナマエは思うことにした。