ブルースカイ・リッジ・パークウェイ
「あ、レイ。ようやく起きたんですね」
「ああ…恥ずかしい所見せちゃったね」
「いえ、こちらこそ旅の道連れにくわえていただいて」
ようやく起きてきたレイの顔は少しむくんでいた。それでもハンサムさは少しも損なわれていなかったが。…泣いたのかな、と少し思った。何か嫌な夢でも見たのだろうか?けれど、昨日今日知り合ったばかりの私が聞くことでもないか、とナマエはそれについては触れないことにした。
「二日酔いは大丈夫ですか?」
「おかげさまで、すっかり。ここは…」
「マンハッタンから西に200マイルってとこですよ」
「そうですか。…随分寝ちゃったみたいだな。次は僕が運転します」
「じゃあ、私が後部座席に…」
「いや、いい。折角だ、景色は助手席からの方が眺めやすいだろう。俺は見飽きてるから君に譲ろう」
「…そうですか?じゃ、お言葉に甘えて」
レイが運転するならシュウが助手席に座った方がいいだろう、と思ったが、シュウが譲ってくれるというので甘えておくことにした。
「どのルートで行くんです?」
眠たげな声でレイはシュウに尋ねた。
「そうだな…ナマエは来るとき中北部は見て回ったらしい。南下してテキサス経由で行こう」
「分かりました」
ふわぁ、とあくびをして、レイはハンドルを握った。シュウはいつの間にか買ってきていた怪しげなチャイニーズデリのパックから何かをつまんでいる。何を食べているんだろう、とじっと見ているとひとつ差し出された。…そんなに食い意地が張っていると思われてしまったんだろうか。一応受け取ってみたそれは、拳より小さいくらいの肉の塊に、ピリッと辛味の効いた油っぽいタレが絡められていて、薬味と香辛料の香りが鼻についた。とりあえず小さく一口齧る。
「…鶏肉…?」
「残念、カエルだ」
「ええっ、ちょ、先に言ってくださいよ」
「ちなみに返却は不可だ」
「食べますよ、食べますけど…」
別にゲテモノがどうしても無理というわけではないのだが。それに、味はそこまで悪くない。小さな骨がぱきぱきと口の中で鳴って若干不快ではあったが、何とか食べきった。
油まみれの手はポーチから取り出したハンカチで拭う。ちなみにハンカチは常に三枚持ち歩いて使い分けている。旅人のたしなみだ。一枚は汚いものを拭う用、一枚は洗った手を拭う用、もう一枚は予備。
「どこか行きたいところはありますか?」
「えっ…………うーん、アパラチア山脈かなあ」
「大雑把ですね」
いきなり言われたので、戸惑いながらそう返すと、レイはおかしそうに笑った。確かに。アパラチア山脈なんて日本くらいの面積がある(というのは言い過ぎだが)。
「じゃあ、ブルースカイ・リッジ・パークウェイでも通りますか」
「ならついでにスモーキーマウンテンでも見て行けばいい」
「あんなガスってるだけの山、行って面白いですかね?」
よく分からない地名を言い合う二人。ナマエはあまりこの辺りの地理に詳しくない。
「定番なんですか?」
「うーん…まあ、定番といえば定番かな」
「じゃあ、行きたいです。お兄ちゃんとは定番オブ定番の旅にしようって言ってたから、私だけでもそうしようと思って」
「………そうですか。じゃ、とりあえずそこへ向かいましょう」
アパラチアを縦断する道はくねくね曲がっていて、ろくにスピードも出せないような道に違いなかったのに、レイは嬉々としてスピードを出した。カーブや峠でのハンドルさばきは見事には違いなかったのだが…ナマエは肝が冷えた。車は一台だったが気分はカーチェイス中のヒロインだった。というか制限速度はいいのだろうか…?
結局、夕方になってようやく着いたスモーキーマウンテンは確かに微妙だった。曇っていて景色もろくに見えなかった。けど兄がいたらそのがっかり感も含めて楽しんだだろうな、と思えばナマエとしては満足だった。
「どうします?この辺で泊まりますか?」
「…いや、レイとナマエは車内で眠るといい。その間に俺が距離を稼ごう」
「じゃあ、アトランタにでも着いたら起こしてください」
そう言ってレイとシュウは席を変わった。ナマエも寝ていていいと言われたが、目が冴えて眠れそうになかったので、ぼうっと運転するシュウの横顔を眺めていた。