ロング・ディスタンス・ドライブ

 パーキングに停めてあったナマエの自転車は、シュウに車の上に積んでもらった。サーフボードやマウンテンバイクを積むこともあるらしく、特に問題はなかったようだ。

「一か月かけて大陸横断?若いな」

 ドライブが始まると、サイドウィンドウから風が入ってきて少しは暑さも吹き飛んだ。朝になってもまだ寝ていたレイはシュウによって後部座席へ運ばれ、ナマエが代わりに助手席に座っていた。
 運転席で煙草を吹かすシュウは、何というか、とても様になっていた。

「……ええ、寝袋も持って。楽しかったですよ。途中でタイヤが溶けて、ガスステーションまで四十キロ歩いたりしたけど」
「無茶をする」

 おかしそうにシュウは笑った。その姿は本当に恰好よくて、人のものだと分かっているのに思わず惚れてしまいそうになった。

「それでそんなに日焼けしているんだな。昨日はあまり分からなかったが」
「あ、でもこれはもともとですけどね…兄がアウトドア好きで、よく釣りに行ったり山に行ったりしたから、私もよく行くようになって」

 シュウはサングラスをしていて表情はあまりよく分からなかったけれど、そう言った時、なぜか少し懐かし気な顔をしたように見えた。兄の話は今初めてしたと思ったのだが。

「……兄がいるのか。」
「あ、はい。」
「そうか。俺は三人兄弟の長男だから、兄というのはよく分からんが」
「えっ」
「何だ?」
「………あの、すみません、弟や妹がいるようには見えなかったので」
「………それはどういう意味かな?気が利かないと?」
「いっ、いえ、とんでもない」

 少し無言が続いた。しまった。何も言わずとも朝食を買ってきてくれたり、寝ているレイを運んだりしていた彼は、確かに長男と言われれば納得できたのに。

「…俺は年が離れた妹が一人と、後ろの彼と同じくらいの弟が一人いる。君のお兄さんは?」

 しばらくしてそう切り出してくれたシュウに、心底ほっとする。

「うちも年が離れてるんです。まあ、生きているかどうかも分からないんですけどね」

 シュウは何とも言えない顔をした。

「ずっと前に仕事の都合でしばらく連絡が取れなくなる、とか言って、もう六年」
「それは…」
「あ、いいんですよ。どうせふざけた兄だし。いつかごめんごめんー、とか言いながらふらっと顔出すに決まってます」

 後部座席から不自然にがたりと物音がした。振り向いてみるが、レイはシートに顔を向けて横になっていて、まだ起きる気配はない。

「タイヤで石でも踏んだんだろう」

 とシュウが言うので、ナマエも視線をもとに戻した。

「いろいろ約束をしたんです。一緒に全大陸横断しようとか、ヒマラヤに行こうとか、宇宙に行こうとか、バカみたいな約束。私が小学生の時、一緒に日本縦断はもうやったんです、こうして自転車で。私がアメリカでもやりたいって言ったら、女の子一人だと危ないから二人でな、って約束したのに。いつまでも戻ってこないから、約束破って私一人で始めちゃった」
「…そうか。」
「マウンテンバイクも、サーフィンも、スキーも、ダイビングのライセンスも、全部お兄ちゃんがいなくても私一人で取れちゃいましたよ。全部お兄ちゃんが一緒にやってやる、教えてやるって言ってくれてたのにね。二十歳になったらお酒の飲み方も教えてやるって。」
「随分アクティブなお嬢さんだな」
「あんまり待たせる兄が悪いんです。全部ひとりでやっちゃいましたよ。あ、でも、お酒はレイとシュウに教えてもらっちゃったな」
「…それだけ一人で逞しく何でもできるなら、兄貴も安心だろう」
「んー。確かに。兄も結構頼りなかったし。早とちりで。いつだったか、こっそり倉に入って遊んでて、じいちゃんの秘蔵の壺を眺めてたことがあって。そしたら私がうっかり振り回してひびいれちゃって。修正すればまだ何とかなったのに、倉の外に足音が聞こえて、誰か入ってくる!って言って。私が泣きそうになってるの見て、兄ちゃんたら、俺がやったことにすればいい、とか言って、外から人が入ってくるのと同時に壺、割っちゃって。でも入ってきたのは怖いじいちゃんじゃなくて、私たちに甘々のひいじいちゃんで。何て言うか、早とちりで、しかも変に思い切りがいいから、たまに突拍子もないことやるんですよね。あと少し待ってれば大丈夫だったのに…ひいじいちゃんなら何とかしてくれたに違いないのに」

 後部座席でまた物音がした。またタイヤが石に乗り上げたらしい。まだニューヨーク郊外なのに道が悪いようだ。

「って、すみません、よく知りもしない人の話されてもつまんないですよね」
「いや…続けてくれ。こう単調なドライブだと退屈で寝そうになるから、喋ってくれると助かる」
「ああ…すみません。私もライセンス持ってればよかったんですけど」
「いや、いい。運転自体は好きなんだ。それに、彼と交代で運転すればいい」

 そう言ってシュウはちらりと後部座席のレイを見た。彼はまだ眠っている。

「……横断はどのルートを通ったんだ?南部?」
「ああ、中北部です。サンフランシスコから出て、ソルトレークシティ、イエローストーン、途中でマウントラシュモアとデビルスタワーに立ち寄って…ワイオミング州はサンダーストームが酷かったな」
「大統領の顔は見れたのか」
「ええ、一応。どれが誰だか全然分からなかったけど」
「わざわざ見に行ったのにか」

 リンカーンやジェファソンなど、歴代の大統領の顔が並ぶ崖。ハリウッド映画では何回崩壊したか分からないポイントだ。もちろん本物はそう壊れてはいなかった。シュウはちょっと目元を和ませて、「それで?」と続きを促した。

「そこからバッドランド、ひたすら草原を走って、ミズーリ川だかミシシッピ川だかを眺めて…五大湖、シカゴまで何もない道をひたすら走って。そこは流石にヒッチハイクしましたね。あ、ピッツバーグのモーテルに泊まりました。さびれ具合がナイスでしたね。で、ワシントンD.C. と」
「なかなかのグレートジャーニーだな。途中で悪い奴らに絡まれなかったか」
「んー、と言っても殆ど大自然で野宿だったので…まあ、ピッツバーグの酒場でナイフ振り回された時はどうしようかと思いましたけど。わざとみすぼらしい服とザックで行ったんで、貧乏だと信じてもらえてよかったですよ。下着に隠してた100ドルは取られたけど、どうせ強盗用の捨て銭だったし」
「………」
「はは、お兄ちゃんがいたらこんな目に遭わなかったかな?でも意外と楽しかったですよ。それにお兄ちゃん結構へなちょこだからもっと巻き上げられてたかも」
「……いや、眉間に一発ぶちこむくらいはしたんじゃないか」
「ええー?銃なんか使えませんよ」
「夜道で狙撃するくらいやったと思うぞ」

 ナマエはすっかりリラックスしていたので、シュウの物言いにくすくすと笑った。第一印象は恐ろしかったが、喋ってみると、シュウはなかなか面白い男だった。あまり表情は変わらないし、口調も淡々としていて時々物騒なことを口走るが、ふっと笑う口元は皮肉げながらも優しい。



「…腹が減ったな。」
「そうですか?私、朝のベーグルかなり重たかったみたいです……どこか店があればいいんですけど」
「もう少し先に確かデリがある。そろそろ二時間走ったし、走り始めだ。休憩しよう」
「そうですね」

 そして、怪しげな店主がいるチャイニーズデリに着くと、シュウは私を下ろした。先に行っていてくれ、と。レイを起こしてから行くのだろう。お腹はすいていなかったが、デリには興味があったのでナマエは先に車を降りた。トイレも今の機会に行っておいた方がいいだろう。できるところで用は足しておく、これは今回の旅で得た重要な教訓だ。




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