原作クラッシャーの片鱗
ナマエの検診が終わる度。
コナンに詳しくないナマエに、太郎はいつもそれはそれは熱く語ってくれるのだが。
「ねえ、太郎ってこっち来てから20年以上経つんでしょ?忘れたりしないもんなの」
「あー………実は、文字書けるようになった時に、覚えてる限りのこと全部書き留めておいたんだよね」
「え、それって、下手したらどんな情報よりも危なくない?予言の書じゃん」
「あ、大丈夫、いちおう暗号化してるし」
「そんなん、この探偵だらけの世界で意味あるかな。速攻解読されそう」
「……あー、じゃあ、書き直してまとめよっかな」
「ていうかそもそも必要あるの?」
いつもおちゃらけている太郎が、珍しく曖昧な表情で視線をそらした。彼のことを弟のように兄のように愛しく思い始めていたナマエは、表情を険しくした。
「太郎、あなたまさか、物語を変えようだなんて、思ってないよね?」
「……思って、なかったよ。いや、まあ、最初は全部変えてやるー、ぐらい思ってたけどさ。こっちで大人になるにつれてそれも無理な話だって分かってきたし…なるべく関わらないようにしようとは、思ってたけど」
普段から、二人でネタにして笑っていた。コナン映画はナマエも見ていたので、大抵は主人公たちがどれだけ危険な目に遭い、主人公パワーでそれを乗り切るかについて。…コナンはそろそろ人間卒業宣言かスーパーマン宣言をした方がいい、なんて言って笑い合ったこともあった。
「……お願い、やめて」
想像するだけで震えるほど恐ろしかった。あんな目に太郎が巻き込まれるなんて。…生きて帰ってこられるかも分からない。彼らが毎度ぎりぎりで生き残って笑っているのは、彼らが主人公だからだ。
この世界でたった一人の仲間。失うなんて耐えられないに決まってる。
「だめだよ、太郎。危ないよ」
「うーん。そんな顔しないでよ、ナマエ」
太郎は困ったように笑った。
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今、思えば。ナマエはここへ来て訳もわからずほんの数年を過ごしただけで、太郎という仲間を見つけた。けれど彼は二十年以上も一人だったのだ。理解してくれる人も、共感してくれる人も、これはあなたの妄想じゃないんだよ、そう否定してくれる人もいないまま。
「……いろいろ考えたに決まってる。私より、いろいろ……」
胸の奥がぎゅうっと締め付けられるようだった。一体どんな気持ちで、私に出会うまでの22年間を過ごしたのだろう。