オオカミ男の激怒

「お頭」

「………」

「あんたが来ねえと話にならん」

幹部たちが――――下っ端のクルーすらも、毎日のように集まって食堂で会議をしている中。一人だけ船室に引きこもっている船長のもとへやってきたのは、副船長だった。

シャンクスは手遊びに酒瓶をくるくると回しながら、何も言わずにいた。副船長は辛抱強く待った。

「……………何となく、知ってはいたんだ。」

「ナマエの正体を、か?」

「ああ。………満月のたびに、レイリーさんの船室に行くのは知ってた。後をつけたことがあったからな」

シャンクスは目を伏せてやけ酒を煽った。全くもってらしくもないことになっている自覚はあった。だが―――それほどまでにショックだったのだ。こんな形で知りたくはなかった。

カン、と音を立てて空の酒瓶を机に置く。暫く無言で見ていたベックマンは、ふぅ、とひとつ息をついて無言のまま出ていった。

「あー、ついにベックにまで呆れられちまった」

一人で笑ってみたが、気は晴れない。シャンクスは新しい瓶を開けた。

食堂で仲間たちがあれこれ話してくれているのは知っている。それがナマエにとって何の解決にならないであろうことも。解決できるとしたら―――おれだけだ。当然だろう。
新しい瓶には一口も口を付けずに机に置いて、シャンクスはゆらりと立ち上がった。



「…なんだよ船長。身の振り方ならもう決めた。お前の手を煩わすことはもうないぞ」

ゆら、と、シャンクスの気配が苛立ちに揺れたのをナマエは正確に読み取った。幼い頃から傍にいる相手だ。いまさら恐ろしくなどない。

「………さんにできて、……には、できないのか」

「……何だって?」

全くシャンクスらしくもない。ぼそぼそとした言葉は半分ほどしか聞き取ることができなかった。思わず怪訝な表情をしたナマエの顔の横に、シャンクスの拳がドン、と音を立てておかれた。いわゆる壁ドンだ。全く嬉しくない。

「レイリーさんにできて、おれにはできないのか」

「な、に……」

何を、とも、何が、とも言い返せなかった。今さら白を切ったらそれこそ取り返しのつかない大喧嘩が勃発して二、三日つぶれるだろうという気がしたからだ。ナマエは溜め息をついた。

「…気づいてたのか」

「………お前が毎回レイリーさんのベッドで気絶してるから、最初は、デキてんのかと思ってたぜ」

「っ!んなわけあるか!覇気で気絶させられてただけだ!」

「なあ。レイリーさんにできて、おれにはできないのか」

「……………あの人の覇気は別格だろう」

あからさまな苛立ちの気配が濃くなった。

「お前、二度もおれの前で気絶したのは何が原因だと思ってるんだ」

「あれは…ルフィもいたし、おれが本気で撃たれそうになってお前も焦ったんだろ。常にあんな覇気を出せるっていう確証があるのか?」

確かに、ナマエは二度、シャンクスの覇気にあてられて気絶した。だがそれはどちらもシャンクスの感情が振り切れたときの覇気だ。レイリーならば片手間に出してのけた覇気でも、シャンクスは、本気で危機が迫らないと出せないような。

ベックマンに自分の心臓を狙わせたことを思い出してナマエは自嘲の笑みを浮かべた。

「それとも毎回副船長におれの心臓を狙わせるか?」

シャンクスの纏う苛立ちの気配が怒りに変わり、ぶわっと広がった。

「…じゃあ、次の満月に試してみればいい。」

低く垂れこめるような怒気と共に吐き出されたシャンクスの言葉に、ナマエもかちんときた。

――――今までどれだけ、死ぬほど、苦しんできたと思っているんだ。試すだと?……試して、それで誰かが少しでも傷ついたら、おれの今までの苦労はどうなる。

「じゃあ好きにすればいい。けれどお前の覇気で止められなかったら、責任をもってお前が殺せ」

お互い、殺気ともよべるほど、濃厚な怒りを発していた。…シャンクスとナマエの間でこんな強い感情がぶつかり合ったのは、初めてのことだった。
売り言葉に買い言葉。…もう、後戻りはできない。



船室の外、扉の傍らで二人の会話を全て聞いていた副船長は、ゆっくり息を吐きだした。
全く厄介なことになってしまったものだが――――まあ、却ってよかったのかもしれない。一度全力でぶつからないことには何も始まらない。



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